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第九話 午睡と過去
4.理由
しおりを挟む「私は、あなたとは違うから」
戸惑うように言葉をくちびるに乗せたサヤの顔を見て、無意識のうちにつぶやいていた。
「イヤだな」
「……」
「死にたくない」
生きたい。生き続けたい。強くそう思ったとき、声が割って入ってきた。
「彼を生かす方法がありますよ」
「思金(おもいかね)?」
身を引いてサヤが振り返ると、そこにはいつかの名付け親が立っていた。両の手の中に小さな光る玉があるのが、かすむ目にも見て取れた。
「良いところに居合わせました」
「どういうこと?」
彼は微笑んで軽く手のひらを開いて見せた。光がふわりと浮かび上がる。
「最後の天神、月読命です。ちょうどこの方の器となる人を探していたところです」
「月読って、いつの間に!」
「ニニギノミコトに従い我らが高天原より降臨してはや一千年。秋津州は大王を中心にまとまり、最早わたしたちの介入を不要とするまでになりました。我々には我々をまとめる者が必要な頃合いです。いつまでも大国に出しゃばられても敵いませんからね。サヤ、あなたにも主人は必要でしょう」
「そんなもの私はいらない」
「そうですか。しかし我々の総意に反することのなきよう」
「それとこの子とどう関係があるっていうの」
「このままでは彼は死ぬでしょう」
「卑怯だ」
「なんとでも」
サヤの脇をすり抜けて思金は地面に膝をつき、横たわった彼の顔を覗き込んだ。
「この方を身の内に受け入れれば、あなたは死ぬことも老いることもなくなります。それを望みますか?」
ぼんやりと、サヤの方を見ると、彼女はこっちに背を向けたまま頑なな様子で立ち竦んでいる。視線を戻すと思金は辛抱強く彼の答えを待っていた。
「サヤを、ひとりに、したくない。それだけなんだ……」
「理由としては十分です」
「……」
目を閉じて頷く。すると胸元からすうっと不思議な清涼感が体中に広がっていくのを感じた。鉛のように重かったからだが嘘のように軽くなる。
「地上において、貴方こそがかの方の一切の代理人。以後よしなに」
丁重に述べる思金の横で、サヤは泣き出しそうな顔でくちびるを引き結んでいた。
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