宵の宮

奈月沙耶

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第八話 本音と喧嘩

2.お百度

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 神社に引き返す途中、さやかは雑貨店の軒先の公衆電話で身を隠すようにしてどこかに電話している高遠を見かけた。
 理由をつけて和臣に先に行ってもらってから、さやかは雑貨店の裏から近づいてそっと聞き耳を立てた。

「だから巻頭空けといてくれよ。絶対はずさないって。どんなときでも怪奇もの猟奇ものってのは喜ばれるんだよ。見出しはそうだな……」
 次々と口にされる低俗な文句の数々にさやかは怒りが湧き起こってくる。司には放っておけと言われたがとてもそうはできない。
「見てらっしゃい」
 つぶやいて、さやかはその場を離れた。




「久子さんがお百度を踏んでいると?」
 司の言葉に統吾は頷いて、顔を俯けたまま話した。
「残業の帰りに偶然見かけたんだ。夜中に裸足で上っていくからおかしいなって。それから気をつけてみてたら、あの人は毎晩神社に通ってた」
「それで陰から見守っていたんですね」

「見守るだなんて、そんな恰好いいものじゃないよ。僕はただ隠れてこそこそしてただけだ。あの人がどんなに中谷さんの帰りを待っているか、はたで見ていた僕にも伝わってきたから。でも正直少しつらかった。中谷さんが自分から姿を消すなんてありえない。久子さんや亜衣ちゃんを置いてくわけない。帰ってこないのはそうできないからだろう。きっと何か事件に巻き込まれたに違いないんだ」

「統吾さん。中谷さんは」
 司はゆっくり口を開いた。
「中谷さんは、きっと戻ってきます。必ず」
「え……」
「統吾さん」
 司は統吾の目を見て尋ねた。
「あなたは、それを喜びますか?」

「も、もちろんだよ! 久子さんも亜衣ちゃんもみんな、どんなに喜ぶか。だから、僕は、僕は……」
「統吾さん」
 統吾は目を上げて司を見た。
「すみません。大事な祭礼の日に心を騒がせてしまって」
「君は、いったい」
 問いかけをかわすように司は微笑んだ。
「今夜の神事が、つつがなく終わることを祈ってます」




 早朝から当屋で餅つきの手伝いをした帰り道、畦道の途中で昌宏は足を止めた。
 男がひとり、家々の間をふらふらしていた。軒先で洗濯物を干している主婦に声をかけ冷たくあしらわれては、懲りずに今度は隣家の主婦に声をかけている。
 見ていると、高遠の方も気づいて馴れ馴れしい笑みを浮かべながら近づいてきた。
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