宵の宮

奈月沙耶

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第七話 大蛇と翁

4.憑坐

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「神が人を支配する時代は終わりを告げた。人は、己の願いにこそ従順であろうと足搔きだしている。人の手により美しき秩序は破壊されようとしているのだ」
「……なるほど。我が力の衰えは、我自身に故のあることではないらしい」
「そうだ。おまえ自身に故あってのことではない」

 さやかは対話を黙って聞いていた。胸に浮かんできた予感に見開いた瞳で〈翁〉を凝視していた。

「だが言っておこう。天の摂理がどれほど乱されようとも、いずれ秩序は回復されなければならない。そのときおまえは再び立ち現われようか?」
「お約束いたしましょう。こは、我が鎮めしし土地」
「では、我々はそのために力を尽くすと約束しよう」
「では、我が衰えた力を取り戻したときには、我が宿りしこの体をもとの居場所へ返すだろう」

 意外な言葉に司は目を見開いた。
 胸に手を当ててさやかは息を呑む。

 自らの顔を覆っている翁面の顎に指をかけ〈翁〉はわずかに面をずらした。そこから覗いた顔は……。

「あ……」
 強烈なめまいに襲われ、さやかは後ろに倒れ込んだ。それを支えようとした司も堪えきれずに膝をつく。ふたりはみたび空に投げ出されていた。

「……いい加減にしてよっ。膝擦りむいちゃったじゃない!」
 さやかはついに怒り心頭に達したらしい。しかし怒りをぶつける相手がいないので一人で空に向けくどくど文句を言っている。司もさすがにうんざりした表情であたりを見渡した。

 彼らがいるのは先程と同じく社殿の真正面であった。手前には拝殿があり、両脇にはいくつかの末社と長床。そして御供部屋。境内や鳥居の向こうの参道に何本もののぼりが立っている。

 司は安堵の息を吐いた。
「戻ったようだ」
「まーったく、とんだ時間旅行だったね」
 お互いずぶ濡れの泥まみれの格好で地面に座り込んでいた。東の空が白々として夜が明けようとしていた。

「中谷茂を見つけたのはよかったが」
 ふたりは深刻な表情で、正面の社に向き直った。時を越え、この土地のカミであるところの〈翁〉の憑坐となっていたのが中谷茂だとは。

「これで踏ん切りがついた。亜衣ちゃんのパパを取り戻すためにもあいつをどうにかしないとってことだよね」
「ああ」
 司は立ち上がって三脚バッグを肩に掛け、左手をさやかに差し出した。

 夜明け前の人気のない境内を横切り石段を下りる。
「とにかく風呂だな」
「久子さんになんて言う?」
「早朝、散歩に出て川に落ちました、とでも」
「間抜けすぎる」
「もちろん、妹が足を滑らせたんです、と付け加えるさ」
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