宵の宮

奈月沙耶

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第七話 大蛇と翁

3.鎮守の神

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 せっかく、見つけられたと思ったのに。さやかは拳を握ってくちびるを噛んだ。
「空が晴れてきた」
 司が頭上を見上げてつぶやく。さやかも同じように空を見上げようとした、そのときだった。

 再び突然の浮遊感がふたりを襲った。足元の地面がなくなっていた。身構える暇もなかった。短い落下の後に、玉砂利の敷かれた神社の境内に体を投げ出されていた。

「いたたた」
 今度は腰を押えて起き上がったさやかは、目の前の本殿を見、軽くくちびるを吊り上げて笑った。
「戻れたわけではないみたいね」
 司は額を押えて蹲っている。

「司?」
「大丈夫だ」
 軽く頭を振って司は顔を上げた。
「俺には少し、刺激が強かったみたいだ」
 まだめまいがするのか司は眉根を押えている。さやかは濡れた袖口を引っ張って彼の額の汗をぬぐった。
「もっと、あたしみたいに頑丈ならいいのにね」

 司はさやかの手を払って社殿を見た。
「まだ新しい」
 足元を見下ろし、
「砂利もきれいだ」
「戻るどころか遡ったか」
 さやかはため息をついた。社殿の方を窺っていた司が鋭く彼女を振り返る。
「中に誰かいる」

 目を瞠ってさやかは立ち上がった。そうっと社殿に上がり中を覗き込んだ。神棚の前に白い水干を着た人物が座っていた。こちらからは顔が見えない。
 司に言われるまでさやかは人がいることに気づかなかった。それほどこの人物からは気配というものが感じられなかった。
(何者なの?)

「誰だ?」
 不意に誰何の声が上がった。まだ若い男の声だった。
「そこにいる。誰だ?」
「私のことか?」
 さやかを押し退け、司が扉を開け社殿の中に入っていった。
「わからないのか?」
「……」
「おまえは何者だ?」

 神棚の前の人物がゆっくりと振り返った。
「我はこの地に住まう古き神」
 翁面をつけた人物は、謡をうたうようにゆるやかに答えた。

「失礼ながら。拝見するところあなたがたはこことはことなる《場》からいらしたと見える」
「その通り。おまえがこの地を去った後に居座ったヌシによって」
「我がこの地を去る?」
 面の内からくぐもった笑いがもれた。

「異なことを申される。我がこの地を追い出されるとでも? 我がこの座を離れれば、それ、そこなミズチ(水霊)めが暴れ出すのですぞ」
「人々は、五穀の実りを保証しない鎮守の神より、水をもたらすものを望んでいる」
 司は単調な口調でよどみなく続けた。
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