27 / 50
第七話 大蛇と翁
3.鎮守の神
しおりを挟む
せっかく、見つけられたと思ったのに。さやかは拳を握ってくちびるを噛んだ。
「空が晴れてきた」
司が頭上を見上げてつぶやく。さやかも同じように空を見上げようとした、そのときだった。
再び突然の浮遊感がふたりを襲った。足元の地面がなくなっていた。身構える暇もなかった。短い落下の後に、玉砂利の敷かれた神社の境内に体を投げ出されていた。
「いたたた」
今度は腰を押えて起き上がったさやかは、目の前の本殿を見、軽くくちびるを吊り上げて笑った。
「戻れたわけではないみたいね」
司は額を押えて蹲っている。
「司?」
「大丈夫だ」
軽く頭を振って司は顔を上げた。
「俺には少し、刺激が強かったみたいだ」
まだめまいがするのか司は眉根を押えている。さやかは濡れた袖口を引っ張って彼の額の汗をぬぐった。
「もっと、あたしみたいに頑丈ならいいのにね」
司はさやかの手を払って社殿を見た。
「まだ新しい」
足元を見下ろし、
「砂利もきれいだ」
「戻るどころか遡ったか」
さやかはため息をついた。社殿の方を窺っていた司が鋭く彼女を振り返る。
「中に誰かいる」
目を瞠ってさやかは立ち上がった。そうっと社殿に上がり中を覗き込んだ。神棚の前に白い水干を着た人物が座っていた。こちらからは顔が見えない。
司に言われるまでさやかは人がいることに気づかなかった。それほどこの人物からは気配というものが感じられなかった。
(何者なの?)
「誰だ?」
不意に誰何の声が上がった。まだ若い男の声だった。
「そこにいる。誰だ?」
「私のことか?」
さやかを押し退け、司が扉を開け社殿の中に入っていった。
「わからないのか?」
「……」
「おまえは何者だ?」
神棚の前の人物がゆっくりと振り返った。
「我はこの地に住まう古き神」
翁面をつけた人物は、謡をうたうようにゆるやかに答えた。
「失礼ながら。拝見するところあなたがたはこことはことなる《場》からいらしたと見える」
「その通り。おまえがこの地を去った後に居座ったヌシによって」
「我がこの地を去る?」
面の内からくぐもった笑いがもれた。
「異なことを申される。我がこの地を追い出されるとでも? 我がこの座を離れれば、それ、そこなミズチ(水霊)めが暴れ出すのですぞ」
「人々は、五穀の実りを保証しない鎮守の神より、水をもたらすものを望んでいる」
司は単調な口調でよどみなく続けた。
「空が晴れてきた」
司が頭上を見上げてつぶやく。さやかも同じように空を見上げようとした、そのときだった。
再び突然の浮遊感がふたりを襲った。足元の地面がなくなっていた。身構える暇もなかった。短い落下の後に、玉砂利の敷かれた神社の境内に体を投げ出されていた。
「いたたた」
今度は腰を押えて起き上がったさやかは、目の前の本殿を見、軽くくちびるを吊り上げて笑った。
「戻れたわけではないみたいね」
司は額を押えて蹲っている。
「司?」
「大丈夫だ」
軽く頭を振って司は顔を上げた。
「俺には少し、刺激が強かったみたいだ」
まだめまいがするのか司は眉根を押えている。さやかは濡れた袖口を引っ張って彼の額の汗をぬぐった。
「もっと、あたしみたいに頑丈ならいいのにね」
司はさやかの手を払って社殿を見た。
「まだ新しい」
足元を見下ろし、
「砂利もきれいだ」
「戻るどころか遡ったか」
さやかはため息をついた。社殿の方を窺っていた司が鋭く彼女を振り返る。
「中に誰かいる」
目を瞠ってさやかは立ち上がった。そうっと社殿に上がり中を覗き込んだ。神棚の前に白い水干を着た人物が座っていた。こちらからは顔が見えない。
司に言われるまでさやかは人がいることに気づかなかった。それほどこの人物からは気配というものが感じられなかった。
(何者なの?)
「誰だ?」
不意に誰何の声が上がった。まだ若い男の声だった。
「そこにいる。誰だ?」
「私のことか?」
さやかを押し退け、司が扉を開け社殿の中に入っていった。
「わからないのか?」
「……」
「おまえは何者だ?」
神棚の前の人物がゆっくりと振り返った。
「我はこの地に住まう古き神」
翁面をつけた人物は、謡をうたうようにゆるやかに答えた。
「失礼ながら。拝見するところあなたがたはこことはことなる《場》からいらしたと見える」
「その通り。おまえがこの地を去った後に居座ったヌシによって」
「我がこの地を去る?」
面の内からくぐもった笑いがもれた。
「異なことを申される。我がこの地を追い出されるとでも? 我がこの座を離れれば、それ、そこなミズチ(水霊)めが暴れ出すのですぞ」
「人々は、五穀の実りを保証しない鎮守の神より、水をもたらすものを望んでいる」
司は単調な口調でよどみなく続けた。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます
沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり


魅了が解けた貴男から私へ
砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。
彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。
そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。
しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。
男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。
元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。
しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。
三話完結です。

病弱少年が怪我した小鳥を偶然テイムして、冒険者ギルドの採取系クエストをやらせていたら、知らないうちにLV99になってました。
もう書かないって言ったよね?
ファンタジー
ベッドで寝たきりだった少年が、ある日、家の外で怪我している青い小鳥『ピーちゃん』を助けたことから二人の大冒険の日々が始まった。
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる