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第七話 大蛇と翁
2.黒縁のメガネ
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「ちょっと。やばいよ」
「当然だ」
表情を固くして身を乗り出したさやかの隣で、司は冷静に指摘した。
「あれではいたずらに怒りを掻き立てるだけだ」
彼の言葉通り、大蛇は怒りを爆発させようとしていた。空気にすらその怒りが浸透したのか、冴えた夜の闇はどんどん不快感を孕んでいく。
晴れ渡っていた夜空に暗雲が現れ、月の姿を隠した。地上は闇に呑まれ暴風が荒れ狂った。
空を覆いつくした厚い雲から大粒の雨が落ちてきて、あっという間に滝のような豪雨になった。
「言わんこっちゃない」
さやかは激しく舌打ちした。
司は無言で三脚バッグの中から一振りの剣を取り出した。いわゆる〈十握剣〉(とつかのつるぎ)と呼ばれるもので、長さ百センチほどの剣である。司はそれをさやかに差し出した。
さやかは剣を携えて池の縁に歩み寄った。そうしている間にも空には稲光が走り、風雨は荒れ狂って水面を大きく波打たせた。
雨と波でびしょ濡れになりながらさやかは池の際に立った。濡れて額に張り付いた髪をかき上げて、池の中央で天空に向け頭を振りたて怒りに体を捩らせている大蛇を睨み据えた。
「……」
大きく深呼吸して、剣を構える。柄を握る手に力を込める。すると刀身から、ふわりと純白の気が立ち上った。
すうっと息を吸い込む。頭上に剣を振り上げ、片足を踏み込んで一気に振り下ろした。
孤を描いて振り下ろされた軌跡が、真空の刃となって水面を走り大蛇を打ち据えた。巨体をうねらせて大蛇は苦痛にもがく。
「しぶとい」
つぶやいて、さやかは今度は無造作に水面を薙ぎ払った。鋭い刃と化した水が幾重にも走りその胴体を真っ二つに切断した。
緩やかに地に倒れた胴体と頭から、蒸気が立ち上った。と思うと、次の瞬間には大蛇の巨体は霧散していた。
瞬きする間の出来事だった。あれほど激しく打ちつけていた雨は止み、風もおさまっていた。
「うう、サイアク」
絞れるほど濡れた上着の裾を引っ張って、さやかは小さくぼやいた。
「結局、こうなるわけだったんだね」
「らしいな」
さやかのそばに寄ってこようとしていた司が、ふと足を止めてその場に屈んだ。
「見ろ」
司が拾い上げたものを見てさやかは息を止めた。
それは、すっかり形のひしゃげてしまった黒縁のメガネだった。
「じゃあ……」
顔を上げたさやかと目を合わせ、司はかすかに頷いた。中谷茂のものなのだ。このメガネは。
彼もまた、さやかたちと同じようにこの時代に飛ばされ、村人たちに策を授けたのだ。彼の知る伝説そのままの話を語って聞かせたに違いない。
そしてその場から姿を消してしまった。再び時の合間に迷い込んでしまったのだろう。
「当然だ」
表情を固くして身を乗り出したさやかの隣で、司は冷静に指摘した。
「あれではいたずらに怒りを掻き立てるだけだ」
彼の言葉通り、大蛇は怒りを爆発させようとしていた。空気にすらその怒りが浸透したのか、冴えた夜の闇はどんどん不快感を孕んでいく。
晴れ渡っていた夜空に暗雲が現れ、月の姿を隠した。地上は闇に呑まれ暴風が荒れ狂った。
空を覆いつくした厚い雲から大粒の雨が落ちてきて、あっという間に滝のような豪雨になった。
「言わんこっちゃない」
さやかは激しく舌打ちした。
司は無言で三脚バッグの中から一振りの剣を取り出した。いわゆる〈十握剣〉(とつかのつるぎ)と呼ばれるもので、長さ百センチほどの剣である。司はそれをさやかに差し出した。
さやかは剣を携えて池の縁に歩み寄った。そうしている間にも空には稲光が走り、風雨は荒れ狂って水面を大きく波打たせた。
雨と波でびしょ濡れになりながらさやかは池の際に立った。濡れて額に張り付いた髪をかき上げて、池の中央で天空に向け頭を振りたて怒りに体を捩らせている大蛇を睨み据えた。
「……」
大きく深呼吸して、剣を構える。柄を握る手に力を込める。すると刀身から、ふわりと純白の気が立ち上った。
すうっと息を吸い込む。頭上に剣を振り上げ、片足を踏み込んで一気に振り下ろした。
孤を描いて振り下ろされた軌跡が、真空の刃となって水面を走り大蛇を打ち据えた。巨体をうねらせて大蛇は苦痛にもがく。
「しぶとい」
つぶやいて、さやかは今度は無造作に水面を薙ぎ払った。鋭い刃と化した水が幾重にも走りその胴体を真っ二つに切断した。
緩やかに地に倒れた胴体と頭から、蒸気が立ち上った。と思うと、次の瞬間には大蛇の巨体は霧散していた。
瞬きする間の出来事だった。あれほど激しく打ちつけていた雨は止み、風もおさまっていた。
「うう、サイアク」
絞れるほど濡れた上着の裾を引っ張って、さやかは小さくぼやいた。
「結局、こうなるわけだったんだね」
「らしいな」
さやかのそばに寄ってこようとしていた司が、ふと足を止めてその場に屈んだ。
「見ろ」
司が拾い上げたものを見てさやかは息を止めた。
それは、すっかり形のひしゃげてしまった黒縁のメガネだった。
「じゃあ……」
顔を上げたさやかと目を合わせ、司はかすかに頷いた。中谷茂のものなのだ。このメガネは。
彼もまた、さやかたちと同じようにこの時代に飛ばされ、村人たちに策を授けたのだ。彼の知る伝説そのままの話を語って聞かせたに違いない。
そしてその場から姿を消してしまった。再び時の合間に迷い込んでしまったのだろう。
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