宵の宮

奈月沙耶

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第七話 大蛇と翁

1.ヒョウタンの人形

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 彼らは沈鬱な表情で黙々と歩を進めていく。松明を持って先導役を務める男のすぐ後ろ、二人の男が抱え持っているものが目についた。
(あれは……)
 目を凝らしたさやかの耳に、低い声で言葉を交わす男たちの声が届いた。

「こんなことでうまくいくのだろうか。あんな、得体の知れない奴の言うことをきいて」
「妙な格好をして妙なことを言っていたぞ。しかも」
 男はこくりと息を呑んでから掠れた声でつぶやいた。
「おれたちの目の前で消えてしまった。あれはいったい」

「神仏の御使いじゃ」
 しんがりの老人が重々しく会話に割って入った。
「村中の悲しみの声を聞きとがめられ、娘を生贄に差し出さずともすむようにと我らに知恵を授けに立ち現われなさったのじゃ」
 納得いかなげに不安をもらしていた若者は、気を呑まれたように口を閉ざした。

 村の男たちは社殿の前を通りすぎ、裏の池の方へと進んでいく。司とさやかも闇の中をそっと移動した。

 池の端に到着すると、先頭のふたりが抱えていた荷物が下ろされた。月明りの下に、その輪郭がくっきり浮かび上がる。それは、
(人形)
 赤い着物を纏った、ヒョウタンの。

 身動きしかけたさやかを司が押しとどめる。さやかは頷いて両の手を握りしめた。
 今『聖の宮』の伝説そのままの出来事が、目の前で繰り広げられようとしている。そう、あまりにも伝説そのままの。

 村人たちは池の端に集まって話し合っていたが、いよいよ人形が池に投げ込まれた。水面に波紋が広がった。ヒョウタンで作られた人形は、ゆらゆら頼りなく揺れて池の中央へと流されていった。
 松明の火は消され、月明りだけがもののかたちを照らし出す。息を呑んで水面を見守っていた村人たちの間から、ざわめきが起こった。

 池の中央が揺らめいて、俄かに渦が巻き起こった。渦巻は次第に大きくなり人形はその波に翻弄される。ついに渦巻は池全体に広がった。次の瞬間、渦巻の中央で、それが頭をもたげた。
 闇の中に、ふたつの赤い目がまがまがしく輝いた。それは緩やかに巨体を起こした。その体を覆う鱗が、青白い光の中できらめいている。

 村人たちは悲鳴をあげて一人残らず逃げ出してしまった。
「……」
 司とさやかは落ち着いた表情でその光景を見つめている。

 赤い舌を覗かせながら、大蛇はぱっくり口を開いた。鋭い牙が人形を捕らえようとする。が、ヒョウタンの人形はするりと牙を避けた。
 もう一度、大蛇は人形を捕らえようと試みた。人形はやはり牙を逃れた。大蛇は苛立つように巨体を捩らせてみたび人形に向かった。やはり人形はするりと避けた。
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