宵の宮

奈月沙耶

文字の大きさ
上 下
24 / 50
第六話 墜落

4.水の神

しおりを挟む
 さやかは大木の幹に寄りかかって頭上を見上げた。葉を落とした枝の隙間から、息が詰まるほどの無数の星々が瞬いているのが見える。

「あたし、実はとても単純なことを見落としてた気がするの」
「ヒョウタンの人形のことだろう」
「気づいてた?」
 背を起こして横を見ると、司は目を細めて指を組んだ。

「人身御供を差し出す必要がなくなったのなら、その身代わりとなる人形だって必要ないはずだ。だが人形は毎年御供として用意されている」
「若い娘の身代わりとして」
「あるいは、娘を人身御供に差し出す悲劇から助け出されたことを感謝する意味で人形を捧げるのなら、それはあの『聖の宮』に供えられるはずだ。村人を救った英知を称えて。だけど」

 司は静かに目を上げてさやかを見た。
「人形は、毎年あの裏山の祠に納められているんだ」
「なら、あれは山の神ではなくて伝説の『池の主』を祀っているの?」
 さやかは視線を落として付け加える。
「あの池の」

「村を流れる川があるだろう? その淵に、大きな緋鯉が住んでいるのだそうだ。それが死んだ大蛇の化身で、見た者は数日後に死んでしまうという」
「なるほどねえ」
 さやかは再び樹木にもたれて空を仰いだ。

「水の神……すなわち風雨の神。『池の主』は『淵の主』に姿を変えて村に住み続けてるってわけか。気の荒いっていう土地の神様より御しやすいとでも思ったのかな」
「宮座の長老たちが相談していたことが気になるな。去年の失踪事件に続いて今年の不作、そして割れた幣の啓示だ。妙なことを考えてなきゃいいが。それにあの神主」

「統吾さん」
「彼はなぜああも御供部屋に籠りたがるのだろう」
「御供部屋に何かあるとか?」
「いや」
 司は即答した。
「あそこには何もない。確認した」
 忍び込んだのか。まったく自分のいない間に何をしているか知れたものではない。嫌味を言ってやろうとして、さやかはそのまま声を低めた。

「……。司」
「ああ」
 ふたりは気配を消して、樹木の影に身を潜めた。
 ゆらゆら揺れる松明の炎が近づいてくる。昔昔の服装の村人たちが、ひとかたまりになって神社へとやって来た。
しおりを挟む

処理中です...