宵の宮

奈月沙耶

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第五話 初恋と紅葉

4.「それっきり」

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 和臣はさやかの方を向いて笑った。
「でもねえ、相手の中谷さんって人は本当に偉い人で。二人で踏み止まって親父さんの気持ちが和らぐのを待ち続けたんだ。中谷さんの方が村に入るからって説得して。それでようやく親父さんも折れたんだ」
「そうですか」

「うん。久子さんが家に残ることになって一番ほっとしたのは昌宏だろうな。早くにおふくろさんを亡くして、久子さんが母親みたいなものだったから。あのとき、俺はまだ高校生だったから、タイヘンだくらいにしか思わなかったけど。今になって二人は本当に偉かったんだなって思うよ。俺だったらとてもあんな悠長なことはしてられなかったと思うもの」
「そう、ですか?」

「そうだよ。とにかく勢いに任せて駆け落ちでもなんでもしてたと思う。きっと、後のことなんか考えないで」
 風に乗って舞い落ちてきた葉っぱを捕らえて、和臣はそれを慎也に渡した。
「それだけ二人が真剣だったってことだよね。あれじゃあ統吾だって何も言えない」

「中谷さんは大学の先生だって聞きました」
「うん、初めに秋祭の取材に来てね。ちょうどその年、俺が当屋だったから覚えてる。村の言い伝えにすごく興味あるふうで。あながち、村で暮らすことは本人大歓迎だったんじゃないかな。だから」
 和臣は、不意に言葉を途切れさせた。

「だから、失踪する原因なんかないってことですか?」
 さやかが続けると和臣は肩の力を抜いて頤をかいた。
「なんだ、知ってるんだ」
「はい。去年の宵宮の日に姿を消したって」

「宮入りの前にはね、確かにいたんだよ。俺、話をしたから。だけど翌朝、俺と禰宜だった奴がお籠りから出てきたら久子さんが来て中谷さんを見なかったかって言うんだ。昨日から家に帰ってないって。訊かれてもわからないよ。宵宮の祭礼の後、俺たちは御供部屋で神事をしてそのまま宮籠りするんだから。そのうち当屋がオハケを捨てに来たからそいつに訊いたんだ。当屋は神事の間、おもてで待ってるのが決まりだから、中谷さんが神社に来たなら見てるかもしれない。けど、そいつも知らないって言った。とりあえずまだ本祭の行事があったから、祭の後までそのことは伏せられて、でもその間も中谷さんは戻ってこなかった」

「それっきり」
「うん。それっきり」
 さやかは沈黙した。和臣も口を閉ざした。急に黙り込んだ二人を慎也が不思議そうな表情で見上げた。
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