16 / 50
第四話 オハケと舞
4.オハケ立て
しおりを挟む
一方、当屋ではオハケ立ての儀礼が行われていた。
御刷毛とは大きな幣のことである。祭日が近くなると当屋の家に立て、これが神が降りる目印となる。
神は山の頂上の木のてっぺんに降りると考えられていた。棒の端に神が降りるのである。祭祀の際にはその場所に神が降りてくるようにと柱を立てた。更に目印として布をたらしたり紙を挟んだりした。神主の持つ御幣はそれを簡略化したものなのだ。
長さ五メートルの竹のてっぺんに幣(ぬさ)を差し、当屋の家の庭の、床の間にいちばん近い場所に用意された斎場にそれを立てる。
司は少し離れた場所から作業の様子を見ていた。彼の隣には東京から来たという雑誌記者とカメラマンの二人組がいた。記者の方は高遠、カメラマンの方は小松と名乗った。
「ここの連中ときたら取材に非協力的で参るよ。ツテで紹介してもらった宿も居心地悪いし」
「そうですか」
「やだやだ。早く帰りたいよ」
村人たちが殊更冷淡に接するのは彼の態度を見れば当然のように思われた。
「それで、なんの取材なんですか?」
「いやだなあ、見ればわかるでしょ。祭のだよ、ま・つ・り」
無事に立て終えたオハケの前に白装束に烏帽子の正装をした統吾が進み出る。祝詞の最中にそれは起きた。
オハケのてっぺんの幣を差した土台がまっぷたつに割れて落下してきたのである。
「幣が」
直垂に烏帽子という〈若い衆〉の正装をした当屋の杉山少年が拾い上げた幣は、スッパリ縦に割れていた。
「うわ、なんだこれは」
「どうしたっていうんだ」
集まっていた人々は困惑に顔を見合わせ、宮座の最長老である〈年寄〉の横座も驚いた顔をしている。
この急な出来事に喜色を浮かべたのは高遠であった。
「おい。今のばっちり撮れたか?」
「神主の方にレンズ向けてて」
「馬鹿っ!」
怒鳴られて、カメラマンの小松は首を竦めた。
「まあ、いい。割れた幣を撮っておけよ」
「はい」
「さあて、電話、電話」
高遠は何やらうきうきした様子だ。
「おかげさまで面白い記事が書けそうだ。なかなか楽しい村だ」
足早に駆け去る姿を見送って司はひそかに眉をひそめる。目を向ければ、ざわめいている人々の輪の真ん中で、神主の統吾は俯いて立ち尽くしている。
「確かに。興味深くはある」
つぶやいて、司は幣の失われたオハケのてっぺんを見上げた。
御刷毛とは大きな幣のことである。祭日が近くなると当屋の家に立て、これが神が降りる目印となる。
神は山の頂上の木のてっぺんに降りると考えられていた。棒の端に神が降りるのである。祭祀の際にはその場所に神が降りてくるようにと柱を立てた。更に目印として布をたらしたり紙を挟んだりした。神主の持つ御幣はそれを簡略化したものなのだ。
長さ五メートルの竹のてっぺんに幣(ぬさ)を差し、当屋の家の庭の、床の間にいちばん近い場所に用意された斎場にそれを立てる。
司は少し離れた場所から作業の様子を見ていた。彼の隣には東京から来たという雑誌記者とカメラマンの二人組がいた。記者の方は高遠、カメラマンの方は小松と名乗った。
「ここの連中ときたら取材に非協力的で参るよ。ツテで紹介してもらった宿も居心地悪いし」
「そうですか」
「やだやだ。早く帰りたいよ」
村人たちが殊更冷淡に接するのは彼の態度を見れば当然のように思われた。
「それで、なんの取材なんですか?」
「いやだなあ、見ればわかるでしょ。祭のだよ、ま・つ・り」
無事に立て終えたオハケの前に白装束に烏帽子の正装をした統吾が進み出る。祝詞の最中にそれは起きた。
オハケのてっぺんの幣を差した土台がまっぷたつに割れて落下してきたのである。
「幣が」
直垂に烏帽子という〈若い衆〉の正装をした当屋の杉山少年が拾い上げた幣は、スッパリ縦に割れていた。
「うわ、なんだこれは」
「どうしたっていうんだ」
集まっていた人々は困惑に顔を見合わせ、宮座の最長老である〈年寄〉の横座も驚いた顔をしている。
この急な出来事に喜色を浮かべたのは高遠であった。
「おい。今のばっちり撮れたか?」
「神主の方にレンズ向けてて」
「馬鹿っ!」
怒鳴られて、カメラマンの小松は首を竦めた。
「まあ、いい。割れた幣を撮っておけよ」
「はい」
「さあて、電話、電話」
高遠は何やらうきうきした様子だ。
「おかげさまで面白い記事が書けそうだ。なかなか楽しい村だ」
足早に駆け去る姿を見送って司はひそかに眉をひそめる。目を向ければ、ざわめいている人々の輪の真ん中で、神主の統吾は俯いて立ち尽くしている。
「確かに。興味深くはある」
つぶやいて、司は幣の失われたオハケのてっぺんを見上げた。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。




四代目 豊臣秀勝
克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。
読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。
史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。
秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。
小牧長久手で秀吉は勝てるのか?
朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか?
朝鮮征伐は行われるのか?
秀頼は生まれるのか。
秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?
アマテラスの力を継ぐ者【第一記】
モンキー書房
ファンタジー
小学六年生の五瀬稲穂《いつせいなほ》は運動会の日、不審者がグラウンドへ侵入したことをきっかけに、自分に秘められた力を覚醒してしまった。そして、自分が天照大神《あまてらすおおみかみ》の子孫であることを宣告される。
保食神《うけもちのかみ》の化身(?)である、親友の受持彩《うけもちあや》や、素戔嗚尊《すさのおのみこと》の子孫(?)である御饌津神龍《みけつかみりゅう》とともに、妖怪・怪物たちが巻き起こす事件に関わっていく。
修学旅行当日、突如として現れる座敷童子たちに神隠しされ、宮城県ではとんでもない事件に巻き込まれる……
今後、全国各地を巡っていく予定です。
☆感想、指摘、批評、批判、大歓迎です。(※誹謗、中傷の類いはご勘弁ください)。
☆作中に登場した文章は、間違っていることも多々あるかと思います。古文に限らず現代文も。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる