宵の宮

奈月沙耶

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第四話 オハケと舞

4.オハケ立て

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 一方、当屋ではオハケ立ての儀礼が行われていた。
 御刷毛とは大きな幣のことである。祭日が近くなると当屋の家に立て、これが神が降りる目印となる。

 神は山の頂上の木のてっぺんに降りると考えられていた。棒の端に神が降りるのである。祭祀の際にはその場所に神が降りてくるようにと柱を立てた。更に目印として布をたらしたり紙を挟んだりした。神主の持つ御幣はそれを簡略化したものなのだ。

 長さ五メートルの竹のてっぺんに幣(ぬさ)を差し、当屋の家の庭の、床の間にいちばん近い場所に用意された斎場にそれを立てる。
 司は少し離れた場所から作業の様子を見ていた。彼の隣には東京から来たという雑誌記者とカメラマンの二人組がいた。記者の方は高遠、カメラマンの方は小松と名乗った。

「ここの連中ときたら取材に非協力的で参るよ。ツテで紹介してもらった宿も居心地悪いし」
「そうですか」
「やだやだ。早く帰りたいよ」
 村人たちが殊更冷淡に接するのは彼の態度を見れば当然のように思われた。
「それで、なんの取材なんですか?」
「いやだなあ、見ればわかるでしょ。祭のだよ、ま・つ・り」

 無事に立て終えたオハケの前に白装束に烏帽子の正装をした統吾が進み出る。祝詞の最中にそれは起きた。
 オハケのてっぺんの幣を差した土台がまっぷたつに割れて落下してきたのである。

「幣が」
 直垂に烏帽子という〈若い衆〉の正装をした当屋の杉山少年が拾い上げた幣は、スッパリ縦に割れていた。
「うわ、なんだこれは」
「どうしたっていうんだ」
 集まっていた人々は困惑に顔を見合わせ、宮座の最長老である〈年寄〉の横座も驚いた顔をしている。

 この急な出来事に喜色を浮かべたのは高遠であった。
「おい。今のばっちり撮れたか?」
「神主の方にレンズ向けてて」
「馬鹿っ!」
 怒鳴られて、カメラマンの小松は首を竦めた。
「まあ、いい。割れた幣を撮っておけよ」
「はい」
「さあて、電話、電話」
 高遠は何やらうきうきした様子だ。
「おかげさまで面白い記事が書けそうだ。なかなか楽しい村だ」

 足早に駆け去る姿を見送って司はひそかに眉をひそめる。目を向ければ、ざわめいている人々の輪の真ん中で、神主の統吾は俯いて立ち尽くしている。
「確かに。興味深くはある」
 つぶやいて、司は幣の失われたオハケのてっぺんを見上げた。
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