宵の宮

奈月沙耶

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第四話 オハケと舞

2.妙な具合

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「西崎の兄ちゃんだ。鼓さわらせて」
「これは駄目だ」
「けちー」
「けちけちー」
「ああ、もう。あっちいけ」
 しっしと追い払われ子どもたちは外へと駆け出していった。

「和臣兄! おっせーんだよっ。早くしろよ」
 舞の練習をしていた少年のひとりが叫んだ。
「どうせ待ってたんならもう少し待てよ。一服させてくれ」
 そう言うと、西崎和臣はさやかの横に腰掛けて煙草を取り出した。
「女の子の隣で悪いね」

 煙草に火をつけ大きく煙を吐き出した和臣に、さやかは尋ねた。
「宮座の方ですか?」
「うん」
 もう一息吸い込んで、和臣はさやかの方を見た。
「これ、お囃子に使う鼓なんですか?」
「うん。楽と謡は俺たちの担当なんだ」
「じゃあ〈清座〉の方なんですね」

 彼は、一本吸いきる間沈黙を通し、吸殻を灰皿に落としてから、おもむろに口を開いた。
「ああ、なるほど。君らが大学の先生に紹介されて来たって人か。そこで君の兄さんを見たよ。オハケを立てるのを待ってたけど、君はそっちに行かないの?」
「兄の後について歩かなきゃならないって決まりはないですもの」
「それもそうだ」
 彼は笑って二本目を取り出した。

「西崎さん……でいいんですよね?」
「和臣でいいよ」
「あたしは加倉さやかです。和臣さんは、神主のお仕事を経験済みなんですか」
「もちろん」
 和臣は微苦笑した。
「九月に藤井の長男に引継ぎしたばかりだよ」
「藤井統吾さんですね。今朝神社でお会いしました」

「あいつ、どんな具合だった?」
 質問の意味がわからなくて、さやかはゆっくり瞬きした。
「どんなって、普通でしたけど」
 和臣は煙草の煙に目を細めながら前髪をかきあげた。
「あいつなあ、どうも、妙な具合なんだよなあ」
「はあ。何がですか?」
 尋ねたさやかへちらっと視線をくれてから和臣は語りだした。

「あのね。神主だの禰宜だのいっても、普段は普通に会社勤めしてる奴がほとんどなんだ。村の若いのは家業の人手が余程足りない限りは外に働きに出てる。戻ってこない奴だって当然いる。だからね、神事に関わる立場なら精進潔斎の生活には入るけど、宮籠りの次の日だって会社はあるんだから正直きつい」
「そうですよねえ」
「でもまあ、宮座の者なら必ず経験しなくちゃならないことだから大抵の奴は問題なくこなしてきてる。でも、統吾の場合は別の意味で心配でね」
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