宵の宮

奈月沙耶

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第二話 幼子と少年

4.村の伝説

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「そうやって!」
 さやかは膝の上で両の手を握りしめた。
「そうやって、倫理観だの道徳観だので頭でっかちになった奴らは、征服者の理論だとか敗者の哀惜だとか、とってつけたことばかりいうけどねえ。だったら、そうせざるを得なかった者の言い分はどうなるの。そっちだって十分横暴だよ。理不尽なのはお互い様でしょう!」

 あまりの勢いに何も言えなくなってしまった昌宏を一瞥して、さやかはすっくと立ちあがった。
「他人が主張する理屈や知識をいくら詰め込んだって、それが語り伝えられてきたことの本当の意味がわからないんじゃ仕方ないよね」
 捨て台詞を残されて、昌宏はちょっと呆然としてしまった。
「なんだよ、あれ」

 彼女はひどく何かに怒っていたようだった。が、何に対して彼女がそんなに怒ったのか、それすら昌宏にはわからないのである。
「おれは悪くないよな……うん、悪くない」
 自分自身につぶやいてみたが自信はなかった。


 一方のさやかも昌宏には直接関係のないことで八つ当たりしてしまった自覚があったので、すぐに冷静になって反省し始めた。
「明日、ちゃんと謝ろう」
 部屋へ行くと、司が風呂から戻ってきていた。

「何かあったのか?」
 さやかの顔を見るなり訊いてくる。
「ちょっと、大人げないことしちゃったんだ」
 それよりさ、とさやかは身を乗り出した。
「この村には〈人身御供〉の伝説があるって」
「ああ。なんでもこの地の神は気が荒くて、毎年若い娘を差し出さないと五穀の実りを妨害したんだそうだ」
「神? 怪物退治の話じゃないの?」

 司はふと難しい顔をして、さっき彼が目を通していたレポート用紙の束をさやかに差し出した。
「なに、これ」
 司にはメモを取る習慣はない。
「この村の伝説についてまとめられたものだ。なかなか興味深い」
「へえー。いったい誰が?」
「久子さんの旦那さんだ」
 さやかはレポート用紙を繰る手を止めて司を見た。

「研究者だったらしい。大学の講師をしてたそうだ」
 亜衣を抱いた久子の傍らで控えめな笑みを浮かべていた柔和な面立ちや本棚に並んだ書籍の数々を思い出し、さやかは納得がいく思いがした。同時に気づいて彼女は眉をひそめる。
「なんなの、その過去形は?」
「彼、中谷茂さんは、去年行方不明になったそうだ」
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