宵の宮

奈月沙耶

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第二話 幼子と少年

2.「情を移すなよ」

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「情を移すなよ」
 ムッとしてさやかは顔を振り上げたが、司はさっさと出ていってしまった。
「ふーんだ。どうしてああいうこと言うかなあ。ねえ、亜衣ちゃ……」
 亜衣は、さやかの膝に抱かれたまま眠ってしまっていた。
(あったかい)
 あどけない寝顔が本当にかわいらしい。

「やっぱり寝ちゃったのね。この子」
 久子がシーツを抱えてやって来た。
「一度しがみついたらなかなか離れないの」
「お部屋に送ってきますね」
「ありがとう。お布団に寝かせておいてくれる?」
「はい」

 熟睡している小さな体を抱き上げて、さやかは教えられた部屋に行った。誰もいないものと思って襖を開けると先客がいた。
「あ、ごめんなさい」
 びっくりした目を向けてきたのは、久子の弟の昌宏だった。
「えーと、亜衣ちゃんを寝かせに来たんだけど」
「どーぞ」

 お許しを頂いてから室内に入り子ども用の小さな布団に亜衣を横たえたさやかは、改めて昌宏の方を見た。昌宏は部屋の隅の本棚の前に座り、何冊もの本を広げていた。
 六畳間の和室には少々ちぐはぐな大型で立派なつくりの本棚には、難し気な研究書ばかりが並んでいた。タイトルを眺めてみる。伝承文芸に関わするものが多くを占めているようだった。

「何してるの?」
「……」
「調べ物?」
「……」
「……」
 完全無視というやつらしい。

(人見知りしてるのかな)
 勝手なことを思いつつ視線を巡らせたさやかは、無造作に壁に貼り付けられた一枚の写真に目を止めた。
 今より幾分若々しい久子が赤ん坊を抱いて笑っている。その傍らにメガネをかけた柔和な顔立ちの男性が立っている。
(久子さんの旦那様かな)

「なあ」
「えっ?」
 ぼんやりと写真を眺めていたさやかは、急に声をかけられ驚いて振り返った。
「あんたのお兄さんさ」
 視線はページの上に落したままで、昌宏がさやかに訊いてきた。
「伝説なんかにも詳しいの?」
「わりとなんでも知ってる人だから、詳しいかもね」

 昌宏はようやく彼女の方を見た。
「何を読んでるの?」
「〈英雄〉の怪物退治譚」
「怪物退治」
「さっき当屋でそういう話をしたからさ。この村にも人身御供の伝説があるから」
「〈人身御供〉?」
 さやかはその言葉に鋭く反応した。
「ね、その伝説って」

「あんたはどう思う?」
「どうって」
 伝説の内容について質問しようとしたさやかは、逆に尋ねられて目を丸くした。
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