4 / 50
第一話 来訪
3.「よろしくね」
しおりを挟む
久子の足音が遠ざかると、さやかは盛大にため息をついて部屋に荷物を下ろした。
「うう、疲れたあ。こんな遠くだなんて言ってなかったじゃない」
「聞かなかったからだろ」
「そうだけどさ」
ぐちぐち言いながらさやかは窓を開け放した。日中はまだ暖かいとはいえ、秋の夜の空気は冷たく感じられた。
さやかはつま先立ちになって表の道路の方を窺ってみた。通りすぎる車は一台もない。見上げれば、無数の星々が明るく輝いている。さやかは驚いて司を振り返った。
「ねえ、星がよく見える」
さやかの肩越しに見上げて、司は小さく微笑した。
「確かに、街中ではお目にかかれない光景だな」
つぶやいた息がかすかに白い。山の空気は冷えるようだ。司はさやかの肩を叩いて窓を閉めるよう促した。
田辺家の隠居の老婦人は、名前を宮子といった。座布団の上にちんまりと座ってにこにこと笑いながら司とさやかを迎えた彼女は、開口一番言い放った。
「これは凛々しい坊ちゃんに、可愛らしいお嬢ちゃんだこと」
司が丁寧に口上を述べるのを聞き終え、やはりにこにこと笑みを浮かべたまま宮子は言った。
「たいそう礼儀正しいこと。昨日の記者連中とは大違い」
言うなりからから笑いだしたので、さやかはちょっと身じろぎした。
「楽しそうね。おばあちゃん」
大きな盆を持った久子が、膳を整えるために居間に入ってきた。
「お父さん帰ってきたからご飯にするね」
「お手伝いします」
さやかが元気よく申し出ると、久子はにっこりして台所の方を指差した。
「じゃあ、お願い。お味噌汁のお鍋を持ってきてくれる?」
「はい」
廊下に出たさやかの耳に、子どもの声が届いた。そちらを振り返る。奥の部屋から小さな女の子がひょっこり顔を覗かせていた。ぱちりと目が合って、思わず微笑むと、幼い少女も人懐っこく笑顔を返してきた。
「こんばんは」
目線を合わせるためにその場にしゃがみこんで手招きする。はにかんだようにしながらも、幼い子どもはさやかの前にやって来た。
「あらー、ごめんなさい。小さな子がうろうろしてて邪魔でしょう」
「いいえ。久子さんのお子さんですか?」
「そうよ。亜衣っていうの」
「亜衣ちゃんね。よろしくね」
小さな手を取って軽く揺らすと、それが面白いのか亜衣は笑い声をあげた。
「うう、疲れたあ。こんな遠くだなんて言ってなかったじゃない」
「聞かなかったからだろ」
「そうだけどさ」
ぐちぐち言いながらさやかは窓を開け放した。日中はまだ暖かいとはいえ、秋の夜の空気は冷たく感じられた。
さやかはつま先立ちになって表の道路の方を窺ってみた。通りすぎる車は一台もない。見上げれば、無数の星々が明るく輝いている。さやかは驚いて司を振り返った。
「ねえ、星がよく見える」
さやかの肩越しに見上げて、司は小さく微笑した。
「確かに、街中ではお目にかかれない光景だな」
つぶやいた息がかすかに白い。山の空気は冷えるようだ。司はさやかの肩を叩いて窓を閉めるよう促した。
田辺家の隠居の老婦人は、名前を宮子といった。座布団の上にちんまりと座ってにこにこと笑いながら司とさやかを迎えた彼女は、開口一番言い放った。
「これは凛々しい坊ちゃんに、可愛らしいお嬢ちゃんだこと」
司が丁寧に口上を述べるのを聞き終え、やはりにこにこと笑みを浮かべたまま宮子は言った。
「たいそう礼儀正しいこと。昨日の記者連中とは大違い」
言うなりからから笑いだしたので、さやかはちょっと身じろぎした。
「楽しそうね。おばあちゃん」
大きな盆を持った久子が、膳を整えるために居間に入ってきた。
「お父さん帰ってきたからご飯にするね」
「お手伝いします」
さやかが元気よく申し出ると、久子はにっこりして台所の方を指差した。
「じゃあ、お願い。お味噌汁のお鍋を持ってきてくれる?」
「はい」
廊下に出たさやかの耳に、子どもの声が届いた。そちらを振り返る。奥の部屋から小さな女の子がひょっこり顔を覗かせていた。ぱちりと目が合って、思わず微笑むと、幼い少女も人懐っこく笑顔を返してきた。
「こんばんは」
目線を合わせるためにその場にしゃがみこんで手招きする。はにかんだようにしながらも、幼い子どもはさやかの前にやって来た。
「あらー、ごめんなさい。小さな子がうろうろしてて邪魔でしょう」
「いいえ。久子さんのお子さんですか?」
「そうよ。亜衣っていうの」
「亜衣ちゃんね。よろしくね」
小さな手を取って軽く揺らすと、それが面白いのか亜衣は笑い声をあげた。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユウとリナの四日間
奈月沙耶
ライト文芸
働かない父親と家出を繰り返す母親と三人で暮らしている小学生のリナ。
ある夜、母親に連れて行かれた山中で首を絞められる。
助けてくれたのは、山の中の工場で働きながら古いアパートで一人で暮らしているおにいさん「ユウ」だった。
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる