宵の宮

奈月沙耶

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第一話 来訪

3.「よろしくね」

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 久子の足音が遠ざかると、さやかは盛大にため息をついて部屋に荷物を下ろした。
「うう、疲れたあ。こんな遠くだなんて言ってなかったじゃない」
「聞かなかったからだろ」
「そうだけどさ」
 ぐちぐち言いながらさやかは窓を開け放した。日中はまだ暖かいとはいえ、秋の夜の空気は冷たく感じられた。

 さやかはつま先立ちになって表の道路の方を窺ってみた。通りすぎる車は一台もない。見上げれば、無数の星々が明るく輝いている。さやかは驚いて司を振り返った。
「ねえ、星がよく見える」

 さやかの肩越しに見上げて、司は小さく微笑した。
「確かに、街中ではお目にかかれない光景だな」
 つぶやいた息がかすかに白い。山の空気は冷えるようだ。司はさやかの肩を叩いて窓を閉めるよう促した。



 田辺家の隠居の老婦人は、名前を宮子といった。座布団の上にちんまりと座ってにこにこと笑いながら司とさやかを迎えた彼女は、開口一番言い放った。
「これは凛々しい坊ちゃんに、可愛らしいお嬢ちゃんだこと」

 司が丁寧に口上を述べるのを聞き終え、やはりにこにこと笑みを浮かべたまま宮子は言った。
「たいそう礼儀正しいこと。昨日の記者連中とは大違い」
 言うなりからから笑いだしたので、さやかはちょっと身じろぎした。

「楽しそうね。おばあちゃん」
 大きな盆を持った久子が、膳を整えるために居間に入ってきた。
「お父さん帰ってきたからご飯にするね」
「お手伝いします」
 さやかが元気よく申し出ると、久子はにっこりして台所の方を指差した。
「じゃあ、お願い。お味噌汁のお鍋を持ってきてくれる?」
「はい」

 廊下に出たさやかの耳に、子どもの声が届いた。そちらを振り返る。奥の部屋から小さな女の子がひょっこり顔を覗かせていた。ぱちりと目が合って、思わず微笑むと、幼い少女も人懐っこく笑顔を返してきた。
「こんばんは」
 目線を合わせるためにその場にしゃがみこんで手招きする。はにかんだようにしながらも、幼い子どもはさやかの前にやって来た。

「あらー、ごめんなさい。小さな子がうろうろしてて邪魔でしょう」
「いいえ。久子さんのお子さんですか?」
「そうよ。亜衣っていうの」
「亜衣ちゃんね。よろしくね」
 小さな手を取って軽く揺らすと、それが面白いのか亜衣は笑い声をあげた。
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