宵の宮

奈月沙耶

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 ざわざわと、木立が騒がしい音を立てた。今夜は一層風が強い。
 闇に萎えそうになる心を励ましながら、彼女は裸足で神社の境内へと続く石段を駆け上がった。

 登り切った先にある正殿へは目もくれず、脇の小道を更に頂上を目指して歩く。やがて辿り着いた祠の前に膝をつき、彼女は一心に手を合わせた。

 神様……山の神様、どうかお願いです。あの人を返してください。私の大事なあの人を、返してください。

 願うことはただひとつ。ずっと、待っている。彼が帰ってくる日を、ずっと……。
(あなた……)


     *     *     *


「手紙きてるよ。田辺さんて人から」
 帰ってきたままの格好で、今朝届いた封書の手紙に目を通し終えた司は、さやかに向かって静かに口を開いた。

「そろそろ、ここを引き払おうと思う」
「うん、いいよ」
 ココアのカップを両手に抱えたまま、さやかはちらりと司を見やって頷く。

「それで、今度はどこに行くの?」
「どこがいい?」
「……きちんと、自然な海岸があるところがいいな。海沿いの、あたたかいところ。でも、あんまり西はイヤ」
「西、か」
「人の多いところもイヤ」

 あれやこれやと注文をつけるさやかの言葉を聞き流しながら、司はその前に、と切り出した。
「行っておきたい場所があるんだ」
「その手紙のとこ?」
「ああ」
 さやかはふうんと、くちびるに指を当てて小さく笑った。

「いいよ。退屈で飽き飽きしてたとこだし」
「〈剣〉を用意しておこう」
 その一言に、さやかはちょっと目を瞠った。
「なあに。そんなに物騒なとこなの?」
「用心のためだ」
「ふうん……」
 もう一度唸って、さやかはココアを飲み干した。
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