時の祭

奈月沙耶

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第四話 クサナギノツルギ

21.戯言

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 もういやだ。もう嫌だ、こんなのは。誰かが傷つくのを見たくない。自分に力があれば守ることもできるだろうに。守りたい。守りたい……。
 触れ合った指先から、不思議な波動が流れ込んできたのはそのときだった。

(守るよ。わたしが守る……)
「さやかさん?」
 意識を失ったままのさやかの身体がかげろうのようなものに包まれて、淡く輝いていた。目にも穏やかな、朱色の柔らかな光。身を寄せていた亜衣の体をも、光は包み込んでいく。

「あ……」
 呆然と亜衣は自分の手のひらを見つめた。自分のからだの中からも、満ちてくる何かがある。
(サヤ……。おいでなさい。おまえに守らせてあげる。わたくしが、みんな守ってあげる)
 それは、確かに自分の中から聴こえた声。

 光の中に溶け込むようにしてさやかの身体の輪郭が溶けた。同時に亜衣の手の中にあたたかいものが流れ込んでくる。

「おまえら」
 傍らのスサノヲが驚愕に満ちた表情でうなる。それを耳にしたのが最後。亜衣の意識はふつりと途切れた。




 司たちが向かった水神社の方角から、巨大な光の柱が立ち昇るのを、智と踊子はマンションのベランダから見つめていた。
「具現しましたか。草薙剣が」
「神代以来よね。つっても、あたしは見たことないけど」
「わたしもですよ」
「そうなの?」

「ええ。なにしろ秘中の品でしたからね。天照殿さえご覧になったことがあるかどうか。目にしたのはスサノヲ本人とイザナキ殿と、この二人だけでしょう。天地を通じて名剣名具は数多ありますが、おそらくは草薙剣こそが最強」
「聞いたことあるわ。天を貫き地を砕くって」
「それほどの武具がスサノヲの手にあるのを恐れてイザナキ殿はそれを取り上げ天照殿に保管を命じられた」

 普通の人々には見ることのできない光の柱に見入りながら、智はかすかに思いつめた様子で口を開いた。
「踊子。戯言と思って聞き流してくださいね」
「うん?」

「わたしは、今でも思うことがあるのですよ。もしもあのとき、スサノヲが攻め上ってきたとき、天照殿が草薙剣を手に迎え撃ってさえいれば、あるいは高天原が崩壊することはなかったのではないかと。いいえ、それ以前に天照殿をたったひとりでスサノヲに立ち向かわせるべきではなかったのです。それなのに」
「仕方ないじゃない。それが皆の出した結論だったのだから」
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