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第四話 クサナギノツルギ
8.不快な気分
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ミヤズヒメはタケルが東国に向かう途中で妻にすることを約束した人で、彼は約束どおり帰途に彼女のいる尾張国に立ち寄った。
「タケルはミヤズヒメが好きなのね」
そう訊くと、
「やさしい女だよ」
彼は曖昧に笑って言った。
およそ特定の人物に対して好き嫌いの感情をすら持てないサヤであったがミヤズヒメのことはなんとなく嫌いだった。ミヤズヒメがタケルを見るときとサヤを見るときの目。あきらかに異なるそれぞれの目の色がサヤを不快な気分にさせるのだった。
ミヤズヒメのもとに滞在しているタケルの耳に伊吹山の荒ぶる神の所業が届き、彼が退治に向かうことになった。もちろんサヤはついて行こうとしたがミヤズヒメがサヤの同行に反対した。
「サヤはここに置いていくべきですわ。女の子ですもの。そのような危険な場所に連れていったりしてはいけませんわ」
口元を領巾で押さえながらやんわりと、だが瞳を爛々と輝かせながらミヤズヒメは言い募った。
「どうぞその子はお連れにならないで。わたくし、責任を持ってお預かりしますから」
何を言い出すんだろう、この人は。サヤにはまったく理解できなかったしとりあうつもりもなかった。けれどタケルはそれを受けて静かに言った。
「そうだね。サヤ、おまえはここで待っておいで」
「だめ!」
自分でも思いもよらない激しさでサヤは叫んでいた。それでは彼を守れない。約束が守れない。
「おまえがいなくともわたしは大丈夫だよ。信用しておくれ」
穏やかに辛抱強く諭されてサヤは頷くしかなかった。
「どうしてミヤズヒメは私がタケルについていくことをあんなに嫌がるの?」
伊吹山に向かう彼を見送りがてらそっと尋ねたサヤに向かって、タケルはなぜか疲れたような顔で微笑しながらつぶやいた。
「あれは、かわいそうな女なんだよ」
首を傾げたサヤを彼は不思議な表情で見下ろした。見つめ返すと、笑顔になって彼女の頭に手を置いた。
「すぐ戻るからそれまでおとなしく待ってるんだよ」
小さな子どもに言い聞かせるように念を押してタケルは気楽な様子で伊吹山へと向かった。
……結論を言えば、このときサヤはなんと言われようともタケルについていくべきだった。かじりついてでも離れるべきではなかった。そうすれば、タケルはあるいは死なずにすんだかもしれなかったのに。
「タケルはミヤズヒメが好きなのね」
そう訊くと、
「やさしい女だよ」
彼は曖昧に笑って言った。
およそ特定の人物に対して好き嫌いの感情をすら持てないサヤであったがミヤズヒメのことはなんとなく嫌いだった。ミヤズヒメがタケルを見るときとサヤを見るときの目。あきらかに異なるそれぞれの目の色がサヤを不快な気分にさせるのだった。
ミヤズヒメのもとに滞在しているタケルの耳に伊吹山の荒ぶる神の所業が届き、彼が退治に向かうことになった。もちろんサヤはついて行こうとしたがミヤズヒメがサヤの同行に反対した。
「サヤはここに置いていくべきですわ。女の子ですもの。そのような危険な場所に連れていったりしてはいけませんわ」
口元を領巾で押さえながらやんわりと、だが瞳を爛々と輝かせながらミヤズヒメは言い募った。
「どうぞその子はお連れにならないで。わたくし、責任を持ってお預かりしますから」
何を言い出すんだろう、この人は。サヤにはまったく理解できなかったしとりあうつもりもなかった。けれどタケルはそれを受けて静かに言った。
「そうだね。サヤ、おまえはここで待っておいで」
「だめ!」
自分でも思いもよらない激しさでサヤは叫んでいた。それでは彼を守れない。約束が守れない。
「おまえがいなくともわたしは大丈夫だよ。信用しておくれ」
穏やかに辛抱強く諭されてサヤは頷くしかなかった。
「どうしてミヤズヒメは私がタケルについていくことをあんなに嫌がるの?」
伊吹山に向かう彼を見送りがてらそっと尋ねたサヤに向かって、タケルはなぜか疲れたような顔で微笑しながらつぶやいた。
「あれは、かわいそうな女なんだよ」
首を傾げたサヤを彼は不思議な表情で見下ろした。見つめ返すと、笑顔になって彼女の頭に手を置いた。
「すぐ戻るからそれまでおとなしく待ってるんだよ」
小さな子どもに言い聞かせるように念を押してタケルは気楽な様子で伊吹山へと向かった。
……結論を言えば、このときサヤはなんと言われようともタケルについていくべきだった。かじりついてでも離れるべきではなかった。そうすれば、タケルはあるいは死なずにすんだかもしれなかったのに。
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