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第三話 天つ神 国つ神
9.記憶
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啓一郎は息をついてコーヒーを一口すすった。
「親父の怯え方はものすごくて、どうすることもできなかった。それでおふくろは親父と一緒に村に行ったはずのカメラマンの小松さんに会ったんだ」
小松の方は無事に自宅に帰り着いていた。啓一郎の母親が高遠の状態について話すとひどく驚いて母親に語った。
「小松さんは親父みたいに気が触れてはないけど、宵宮の晩の記憶がはっきりしない。村からどうやって帰ってきたのか、気がついたら自宅にいたんだそうだ。着の身着のままで商売道具のカメラすら持たずに帰ってきていたんだって。ただ、何かはわからないけどとても怖いことがあって、それで逃げてきたような気がすると話していたそうだ。確かに村に行ったのだろうけどそれは夢だった気がする、と。夢でない証拠がこの写真だよ。上着のポケットに入れっぱなしになってたそうだ。それをおふくろが貰ってきたんだ」
啓一郎は目を伏せて、扇を持った少年の顔を指差した。
「これは田辺昌宏だな?」
亜衣は無言で頷いた。
「じゃあ」
指を滑らせて啓一郎は縁側の少女を示した。
「これは? これは誰だと思う?」
亜衣は身を固くしたまま答えずにいた。答えられなかった。
「小松さんは、この女の子のことをよく覚えてたよ。かわいい子だったからって」
啓一郎は目を細めてこぶしを握った。
「親父たちが村を見てまわってたとき、他にも泊りがけで祭の見物に来ていた兄妹がいた。大学生の兄に連れられた妹は『さやか』と呼ばれていたそうだ」
膝の上でそろえた手が震えてどうしようもなくて、亜衣は強く両の手を握りしめた。
「ふたりは祭の間、田辺という家に泊っていたんだそうだ。さやかは家の子どもの昌宏とよく一緒に歩いていた」
それなのに、と写真を持つ啓一郎の指も震えだしていた。
「昌宏はさやかを覚えていない。名前は忘れてしまっても写真を見れば思い出しそうなもんだろう?」
――こんなきれいな子なら忘れるはずがないとも思うんだが。ちょうど俺と同い年くらいだものな。
「それなのに、どうしてきれいさっぱり忘れちまってるんだ? 昌宏だけじゃない」
気を落ち着けようとしてか啓一郎は冷めかかったコーヒーを飲み干した。
「オレは去年の秋祭のときあんたの村に行ってみたんだ宵宮の晩に。そこに集まってた村の人間に訊いてまわったんだ。この写真の女の子を知らないかって」
「親父の怯え方はものすごくて、どうすることもできなかった。それでおふくろは親父と一緒に村に行ったはずのカメラマンの小松さんに会ったんだ」
小松の方は無事に自宅に帰り着いていた。啓一郎の母親が高遠の状態について話すとひどく驚いて母親に語った。
「小松さんは親父みたいに気が触れてはないけど、宵宮の晩の記憶がはっきりしない。村からどうやって帰ってきたのか、気がついたら自宅にいたんだそうだ。着の身着のままで商売道具のカメラすら持たずに帰ってきていたんだって。ただ、何かはわからないけどとても怖いことがあって、それで逃げてきたような気がすると話していたそうだ。確かに村に行ったのだろうけどそれは夢だった気がする、と。夢でない証拠がこの写真だよ。上着のポケットに入れっぱなしになってたそうだ。それをおふくろが貰ってきたんだ」
啓一郎は目を伏せて、扇を持った少年の顔を指差した。
「これは田辺昌宏だな?」
亜衣は無言で頷いた。
「じゃあ」
指を滑らせて啓一郎は縁側の少女を示した。
「これは? これは誰だと思う?」
亜衣は身を固くしたまま答えずにいた。答えられなかった。
「小松さんは、この女の子のことをよく覚えてたよ。かわいい子だったからって」
啓一郎は目を細めてこぶしを握った。
「親父たちが村を見てまわってたとき、他にも泊りがけで祭の見物に来ていた兄妹がいた。大学生の兄に連れられた妹は『さやか』と呼ばれていたそうだ」
膝の上でそろえた手が震えてどうしようもなくて、亜衣は強く両の手を握りしめた。
「ふたりは祭の間、田辺という家に泊っていたんだそうだ。さやかは家の子どもの昌宏とよく一緒に歩いていた」
それなのに、と写真を持つ啓一郎の指も震えだしていた。
「昌宏はさやかを覚えていない。名前は忘れてしまっても写真を見れば思い出しそうなもんだろう?」
――こんなきれいな子なら忘れるはずがないとも思うんだが。ちょうど俺と同い年くらいだものな。
「それなのに、どうしてきれいさっぱり忘れちまってるんだ? 昌宏だけじゃない」
気を落ち着けようとしてか啓一郎は冷めかかったコーヒーを飲み干した。
「オレは去年の秋祭のときあんたの村に行ってみたんだ宵宮の晩に。そこに集まってた村の人間に訊いてまわったんだ。この写真の女の子を知らないかって」
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