時の祭

奈月沙耶

文字の大きさ
上 下
36 / 77
第三話 天つ神 国つ神

5.疑問

しおりを挟む
 趣味で登る人間にはここまでだろうという地点は疾うにすぎていた。沢は狭く、岩場は険しく、周囲の木々はどんどん深くなっていく。やがて智は細かい飛沫で湿った頭髪に手をやって目を細めた。

 切り立った渓谷の奥には洞窟があった。いかにも疑ってくださいと言わんばかりに。これは入らなければならないのだろうな、と智はまたため息をついた。ここで引き返してしまったのでは何をしに来たのかわからない。しかしまさか自分が貧乏くじを引くことになるとは。

「ついてないですね」
 つぶやいたとき、ゴオッと突風が吹き荒れた。狭い岩場の間で風が渦を巻く。
「本当についてない」
 眼前にかざした腕の影で智はもう一度つぶやいた。




 カウンターで教えてもらった通りに特別閲覧室に行ってみると、そこでは机いっぱいに書籍を広げて昌宏が忙し気にメモを取っていた。
「おにいちゃん」
 小さく呼ぶと、彼は驚いて顔を上げた。
「亜衣? どうしたんだ?」
 言いながら腕時計に目を落としちょっと顔をしかめる。
「学校は?」
 亜衣は個室の入り口に佇んだまま口ごもった。まさに一世一代の決心でもって学校を抜け出してきたところだった。

「おにいちゃんに、どうしても、訊いておきたくて」
 昌宏は顔をしかめたままだ。亜衣は思い切って叔父のそばに行き、例の写真を取り出した。
「見て」
「なんなんだ?」
「いいから見て!」
 いつもの亜衣からは想像もできない気迫に押され、昌宏はそれを手に取って眺めた。

「ねえ、ここに写ってるのって、おにいちゃんなの?」
「そうだな。これは俺だ。懐かしいな」
 昌宏は眉を上げて亜衣を見た。
「どこから出てきたんだ? この写真」
「それじゃあ、この人知ってる?」
 昌宏は、亜衣が指差した縁側の少女の顔へと目を滑らせた。

「……」
 息が苦しいほどの短い沈黙の後に、昌宏は首を横に振った。
「いや、誰だかわからないな」
 亜衣は膝の力が抜けそうになるのを堪えて更に尋ねた。
「見物客の人かな」
「そうだろうなあ。覚えがないんじゃ」
 そう言いながら、昌宏の視線は写真に注がれたままだ。
「おにいちゃん?」

「いや。きれいな子だなと思って。こんなきれいな子なら忘れるはずがないとも思うんだが。ちょうど俺と同い年くらいだものな」
 昌宏と同年代の少女。彼女と瓜二つの少女が、今自分の前にいる。そのことを思い知らされて亜衣は知らずに手で胸を押えた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

異世界をスキルブックと共に生きていく

大森 万丈
ファンタジー
神様に頼まれてユニークスキル「スキルブック」と「神の幸運」を持ち異世界に転移したのだが転移した先は海辺だった。見渡しても海と森しかない。「最初からサバイバルなんて難易度高すぎだろ・・今着てる服以外何も持ってないし絶対幸運働いてないよこれ、これからどうしよう・・・」これは地球で平凡に暮らしていた佐藤 健吾が死後神様の依頼により異世界に転生し神より授かったユニークスキル「スキルブック」を駆使し、仲間を増やしながら気ままに異世界で暮らしていく話です。神様に貰った幸運は相変わらず仕事をしません。のんびり書いていきます。読んで頂けると幸いです。

称号チートで異世界ハッピーライフ!~お願いしたスキルよりも女神様からもらった称号がチートすぎて無双状態です~

しらかめこう
ファンタジー
「これ、スキルよりも称号の方がチートじゃね?」 病により急死した主人公、突然現れた女神によって異世界へと転生することに?! 女神から様々なスキルを授かったが、それよりも想像以上の効果があったチート称号によって超ハイスピードで強くなっていく。 そして気づいた時にはすでに世界最強になっていた!? そんな主人公の新しい人生が平穏であるはずもなく、行く先々で様々な面倒ごとに巻き込まれてしまう...?! しかし、この世界で出会った友や愛するヒロインたちとの幸せで平穏な生活を手に入れるためにどんな無理難題がやってこようと最強の力で無双する!主人公たちが平穏なハッピーエンドに辿り着くまでの壮大な物語。 異世界転生の王道を行く最強無双劇!!! ときにのんびり!そしてシリアス。楽しい異世界ライフのスタートだ!! 小説家になろう、カクヨム等、各種投稿サイトにて連載中。毎週金・土・日の18時ごろに最新話を投稿予定!!

異世界無宿

ゆきねる
ファンタジー
運転席から見た景色は、異世界だった。 アクション映画への憧れを捨て切れない男、和泉 俊介。 映画の影響で筋トレしてみたり、休日にエアガンを弄りつつ映画を観るのが楽しみな男。 訳あって車を購入する事になった時、偶然通りかかったお店にて運命の出会いをする。 一目惚れで購入した車の納車日。 エンジンをかけて前方に目をやった時、そこは知らない景色(異世界)が広がっていた… 神様の道楽で異世界転移をさせられた男は、愛車の持つ特別な能力を頼りに異世界を駆け抜ける。 アクション有り! ロマンス控えめ! ご都合主義展開あり! ノリと勢いで物語を書いてますので、B級映画を観るような感覚で楽しんでいただければ幸いです。 不定期投稿になります。 投稿する際の時間は11:30(24h表記)となります。

【完結】公爵家の末っ子娘は嘲笑う

たくみ
ファンタジー
 圧倒的な力を持つ公爵家に生まれたアリスには優秀を通り越して天才といわれる6人の兄と姉、ちやほやされる同い年の腹違いの姉がいた。  アリスは彼らと比べられ、蔑まれていた。しかし、彼女は公爵家にふさわしい美貌、頭脳、魔力を持っていた。  ではなぜ周囲は彼女を蔑むのか?                        それは彼女がそう振る舞っていたからに他ならない。そう…彼女は見る目のない人たちを陰で嘲笑うのが趣味だった。  自国の皇太子に婚約破棄され、隣国の王子に嫁ぐことになったアリス。王妃の息子たちは彼女を拒否した為、側室の息子に嫁ぐことになった。  このあつかいに笑みがこぼれるアリス。彼女の行動、趣味は国が変わろうと何も変わらない。  それにしても……なぜ人は見せかけの行動でこうも勘違いできるのだろう。 ※小説家になろうさんで投稿始めました

イケもふ達とぴよぴよご主人様の異世界ライフ!

三月べに
恋愛
ふと寂しくなる。イケもふと触れ合うゲームアプリを久しぶりに起動して、アップデダウンロードを待っていれば、道の隅っこに黄色っぽい鳥を見付けた。フェンスに翼が引っかかっているところを助けると、トラックが酷い音を響かせて突っ込んで来た。そして、異世界へ。見覚えのあるイケもふ。 ともに異世界を生きるが、イケもふ達は少々ヤンデレ気味で……? その上、自分は金色のもふもふの鳥(ぴよこ)に!? 【誕生日(2024/08/04)記念作品】

異世界ハズレモノ英雄譚〜無能ステータスと言われた俺が、ざまぁ見せつけながらのし上がっていくってよ!〜

mitsuzoエンターテインメンツ
ファンタジー
【週三日(月・水・金)投稿 基本12:00〜14:00】 異世界にクラスメートと共に召喚された瑛二。 『ハズレモノ』という聞いたこともない称号を得るが、その低スペックなステータスを見て、皆からハズレ称号とバカにされ、それどころか邪魔者扱いされ殺されそうに⋯⋯。 しかし、実は『超チートな称号』であることがわかった瑛二は、そこから自分をバカにした者や殺そうとした者に対して、圧倒的な力を隠しつつ、ざまぁを展開していく。 そして、そのざまぁは図らずも人類の命運を握るまでのものへと発展していくことに⋯⋯。

王太子様に婚約破棄されましたので、辺境の地でモフモフな動物達と幸せなスローライフをいたします。

なつめ猫
ファンタジー
公爵令嬢のエリーゼは、婚約者であるレオン王太子に婚約破棄を言い渡されてしまう。 二人は、一年後に、国を挙げての結婚を控えていたが、それが全て無駄に終わってしまう。 失意の内にエリーゼは、公爵家が管理している辺境の地へ引き篭もるようにして王都を去ってしまうのであった。 ――そう、引き篭もるようにして……。 表向きは失意の内に辺境の地へ篭ったエリーゼは、多くの貴族から同情されていたが……。 じつは公爵令嬢のエリーゼは、本当は、貴族には向かない性格だった。 ギスギスしている貴族の社交の場が苦手だったエリーゼは、辺境の地で、モフモフな動物とスローライフを楽しむことにしたのだった。 ただ一つ、エリーゼには稀有な才能があり、それは王国で随一の回復魔法の使い手であり、唯一精霊に愛される存在であった。

100000累計pt突破!アルファポリスの収益 確定スコア 見込みスコアについて

ちゃぼ茶
エッセイ・ノンフィクション
皆様が気になる(ちゃぼ茶も)収益や確定スコア、見込みスコアについてわかる範囲、推測や経験談も含めて記してみました。参考になれればと思います。

処理中です...