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第三話 天つ神 国つ神
5.疑問
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趣味で登る人間にはここまでだろうという地点は疾うにすぎていた。沢は狭く、岩場は険しく、周囲の木々はどんどん深くなっていく。やがて智は細かい飛沫で湿った頭髪に手をやって目を細めた。
切り立った渓谷の奥には洞窟があった。いかにも疑ってくださいと言わんばかりに。これは入らなければならないのだろうな、と智はまたため息をついた。ここで引き返してしまったのでは何をしに来たのかわからない。しかしまさか自分が貧乏くじを引くことになるとは。
「ついてないですね」
つぶやいたとき、ゴオッと突風が吹き荒れた。狭い岩場の間で風が渦を巻く。
「本当についてない」
眼前にかざした腕の影で智はもう一度つぶやいた。
カウンターで教えてもらった通りに特別閲覧室に行ってみると、そこでは机いっぱいに書籍を広げて昌宏が忙し気にメモを取っていた。
「おにいちゃん」
小さく呼ぶと、彼は驚いて顔を上げた。
「亜衣? どうしたんだ?」
言いながら腕時計に目を落としちょっと顔をしかめる。
「学校は?」
亜衣は個室の入り口に佇んだまま口ごもった。まさに一世一代の決心でもって学校を抜け出してきたところだった。
「おにいちゃんに、どうしても、訊いておきたくて」
昌宏は顔をしかめたままだ。亜衣は思い切って叔父のそばに行き、例の写真を取り出した。
「見て」
「なんなんだ?」
「いいから見て!」
いつもの亜衣からは想像もできない気迫に押され、昌宏はそれを手に取って眺めた。
「ねえ、ここに写ってるのって、おにいちゃんなの?」
「そうだな。これは俺だ。懐かしいな」
昌宏は眉を上げて亜衣を見た。
「どこから出てきたんだ? この写真」
「それじゃあ、この人知ってる?」
昌宏は、亜衣が指差した縁側の少女の顔へと目を滑らせた。
「……」
息が苦しいほどの短い沈黙の後に、昌宏は首を横に振った。
「いや、誰だかわからないな」
亜衣は膝の力が抜けそうになるのを堪えて更に尋ねた。
「見物客の人かな」
「そうだろうなあ。覚えがないんじゃ」
そう言いながら、昌宏の視線は写真に注がれたままだ。
「おにいちゃん?」
「いや。きれいな子だなと思って。こんなきれいな子なら忘れるはずがないとも思うんだが。ちょうど俺と同い年くらいだものな」
昌宏と同年代の少女。彼女と瓜二つの少女が、今自分の前にいる。そのことを思い知らされて亜衣は知らずに手で胸を押えた。
切り立った渓谷の奥には洞窟があった。いかにも疑ってくださいと言わんばかりに。これは入らなければならないのだろうな、と智はまたため息をついた。ここで引き返してしまったのでは何をしに来たのかわからない。しかしまさか自分が貧乏くじを引くことになるとは。
「ついてないですね」
つぶやいたとき、ゴオッと突風が吹き荒れた。狭い岩場の間で風が渦を巻く。
「本当についてない」
眼前にかざした腕の影で智はもう一度つぶやいた。
カウンターで教えてもらった通りに特別閲覧室に行ってみると、そこでは机いっぱいに書籍を広げて昌宏が忙し気にメモを取っていた。
「おにいちゃん」
小さく呼ぶと、彼は驚いて顔を上げた。
「亜衣? どうしたんだ?」
言いながら腕時計に目を落としちょっと顔をしかめる。
「学校は?」
亜衣は個室の入り口に佇んだまま口ごもった。まさに一世一代の決心でもって学校を抜け出してきたところだった。
「おにいちゃんに、どうしても、訊いておきたくて」
昌宏は顔をしかめたままだ。亜衣は思い切って叔父のそばに行き、例の写真を取り出した。
「見て」
「なんなんだ?」
「いいから見て!」
いつもの亜衣からは想像もできない気迫に押され、昌宏はそれを手に取って眺めた。
「ねえ、ここに写ってるのって、おにいちゃんなの?」
「そうだな。これは俺だ。懐かしいな」
昌宏は眉を上げて亜衣を見た。
「どこから出てきたんだ? この写真」
「それじゃあ、この人知ってる?」
昌宏は、亜衣が指差した縁側の少女の顔へと目を滑らせた。
「……」
息が苦しいほどの短い沈黙の後に、昌宏は首を横に振った。
「いや、誰だかわからないな」
亜衣は膝の力が抜けそうになるのを堪えて更に尋ねた。
「見物客の人かな」
「そうだろうなあ。覚えがないんじゃ」
そう言いながら、昌宏の視線は写真に注がれたままだ。
「おにいちゃん?」
「いや。きれいな子だなと思って。こんなきれいな子なら忘れるはずがないとも思うんだが。ちょうど俺と同い年くらいだものな」
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