時の祭

奈月沙耶

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第二章 因縁

16.君彦

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「ヒコちゃんなの?」
「はい」
 明るく頷かれて踊子はびっくりしている。司とさやかもそれは同様だった。彼らの知る猿田彦は白髪の小柄な老人であったはずだ。

「いつの間に魂継(たまつぎ)なんてしたのよ。知らないわよ、あたしたち」
「困りますねえ、どうなってるんでしょう」
「立会は?」
 踊子と智と司とが口々にまくしたてる。
「すみません。急なことだったので。ほんのひと月前のことなんです。立会は大国主殿が」
「大国?」
 三人三様の表情で司たちは黙りこくった。さやかはひとり無表情に君彦を見ている。司は全員に座るように促した。

「自己紹介は必要だろうか?」
 君彦は首を横に振った。
「いいえ。わかります」
「あ、わたしのことは智と呼んでくださいね」
 生真面目に頷いて君彦はもう一度頭を下げた。
「みなさんを呼び集めておきながら、お待たせしてしまって申し訳ありませんでした」

「ねえねえ、ヒコちゃん」
 昔からの呼び名を通して踊子が尋ねた。
「あんた出雲にいたの?」
 君彦は今度は首を縦に振った。はずみでずり落ちてしまったメガネを押し上げながら彼は話し始めた。

「そもそも、猿田彦が巡回で出雲に行ったのは二か月前のことでした。既に事件は起きていて」
「何があったのよ、いったい」
 とたんに君彦は口ごもった。それほど言いにくいことなのかと全員が身構える。
「それがですね。実は」
 目を閉じて君彦は叫ぶように言った。
「須佐殿がいなくなったんです」

 なんだ、というふうに踊子がソファにもたれる。
「アイツの脱走はいつものことでしょ。櫛名田が捕まえてくれたんでしょ?」
「いえ、あの、違うんです。今回は、完全に行方不明なんです!」
 誰もが言葉をなくした。深い沈黙が流れる。いち早く言葉を取り戻したのは智だった。

「スサノヲが行方不明と、そう聞こえたのですが」
「そうです。須佐殿が行方不明になったんです。二か月前のことです」
「信じらんない」
 踊子が顔を覆う。
「大国はなにやってたの? 監視役でしょ」
 キツイ声に首を竦ませながら君彦は弁解した。
「ですから大国主殿は須佐殿を必死に探しておられて。でも」
「見つからないんだな」
 司が指摘する。君彦はうなだれた。

「ああ、もう! いつもそうなのよ、あの優男は。女にモテることしか取り柄がないんだから」
「言いすぎです」
「ほんとのことでしょうっ」
 踊子ににらまれ君彦は小さな体をますます小さくした。そんな彼に司が問いかける。
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