時の祭

奈月沙耶

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第二章 因縁

14.十二年前

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 亜衣の生まれ育った山村はこれといった名産もないのだが、ただひとつ有名なことがあった。秋祭の神事芸能である。
 中世の型を残した珍しいものだそうで、無形文化財にも指定されている。秋祭のときには毎年方々から見物の人たちが集まって来ていた。
 亜衣の父親も祭の見物に来て母親と知り合い、結婚したのだと聞いている。

 宮座(みやざ・村の祭祀組織)には村に生まれた長男しか入ることができないので亜衣は関わったことはないのだが、田辺家の長男の昌宏は毎年演目を割り振られていたはずだ。

「これってうちの村なのかな」
 部分的にだけ写っている家屋に見覚えがある気もするが。庭先の縁側には年少の子どもたちが並んで腰かけ、年上の少年たちの練習風景を眺めている。
 ひとりひとりの顔に目を落としていた亜衣は、どきっとして息を止めた。

 本当に、息が止まるかと思った。そのとき寮母に声をかけられなければ。
「早く出なさい。時間ですよ」
「は、はい」
 身を竦ませ、亜衣は荷物を抱えて浴場を出た。慌てていたので靴下を履くのを忘れてしまった。スリッパをつっかけた足が夜気に冷える。
 が、今の亜衣にはそんなことちっとも気にならなかった。どきどきと、動悸が激しくなっていた。

 十二年前。そう叫んであの少年は亜衣に写真を渡した。角の擦り切れたポラロイド写真。十二年前の写真なのだろう。けれど。
(十二年前?)
「違うよね。だって」
 渇いたくちびるの間から亜衣はつぶやきを落とす。
「だって……」

 古い写真のなかで、子どもたちに囲まれるようにして縁側に座っていた少女。
 さやかだった。今と変わらない姿の、加倉さやかだった。




 九時すぎになって帰宅すると、ひどく真面目な顔つきをしたさやかが司を待ち構えていた。
「話があるの」
「俺も話がある」
 居間の肘掛椅子の背に凭れ、司は目を閉じた。
「田辺昌宏に会った」

 そうしてしばらくの間沈黙を保ってから、司は目を開けてさやかを見た。さやかは表情の選択に失敗したのか、くしゃくしゃの顔でまっすぐ司を見ていた。

「今日学校で聞いた。叔父さんが来てるって。だから」
 目を伏せて一息に言う。
「もう学校に行くのやめようと思って」
 司は身を起こして前に立っているさやかの左手を右手で取った。
「自分で決めたんだから、別にあんたのこと怒ったりしない」
 さやかは小さく笑ったけど寂しそうだ。
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