時の祭

奈月沙耶

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第一章 来訪者たち

2.学校

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 彼女はなぜかクラスの中でも一番におとなしい亜衣のことを何かとかまってきてくれる。亜衣はそれがありがたかった。

「ずいぶん暗くなってきちゃった。日が暮れるのなんてあっと言う間だね」
 信号待ちの間に由利子が空を見上げて言う。
「秋の日はつるべおとしっていうものね」
 応えて亜衣が言うと、由利子はきょとんと目を丸くした。
「なあに? つるべおとしって?」
「つるべって、ほら。井戸に付いてて桶で水を引き上げるの」
「ふーん。さすがは学者の娘」
 由利子がからかうように亜衣を見る。

 亜衣の父親は、国文学者であるものの民俗学に傾倒して神話伝承の研究にのめり込み、今は家に閉じこもって神話論などの本を書いているちょっと変わった人物だ。
 学者というのはみんながみんな変わった人たちだから自分の父親などまともな方であると亜衣は思っているのだが、それでも他人に言わせると「ちょっと変わって」いるらしい。

 そうこうするうちに学校に辿り着いていた。

 正門から入って右手が高等部、左手が中等部である。ふたつの棟は渡り廊下でつながっているが必要な設備はそれぞれに備わっているので、生徒間の行き来はあまりない。校舎の向こうにある寮の建物も中等部と高等部で棟が違っていて、高等部の先輩たちとの交流は極端に少ない。

 だが今は、荷物を抱えた生徒たちが渡り廊下を行き交っている。一週間後に迫った文化祭の準備のために居残っている生徒たちだ。
「まだ残ってる人結構いるんだね」

 それでも日中のざわめきはきれいに取り払われてしまっている時間である。たとえ授業中でも校舎全体を覆っている学校特有のざわめきが消えると、そこは外界とは隔絶された静寂の中に様々な思念の溶け込んだひそやかな空間になる。
 暗く人気のない廊下を歩いていると、とてつもない心細さが湧き起こってくる。恐怖とは違う、世界にたったひとりだけ取り残されてしまったような曖昧なもの哀しさ。
 学校に必要不可欠な「子どもたち」という要素が消えただけでそこは未知の空間となる。夜の学校を舞台とした怪談が絶えないのもわかる気がした。

 二年生の教室の並びにひとつだけ、明かりのついている教室があった。
「さやかさん。ごめん、遅くなっちゃった」
 由利子が声をかけると、ぽつんとたったひとり窓際の席に座っていた少女が立ち上がった。
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