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第六十三話 女性たち

63-3.離れませんから

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 夏休みを挟んで後期日程に入ると講義に出る学生の人数は少なくなり、代わりに付属図書館が込み合い始めた。みな卒論の資料集めに切羽詰まっているのだ。早めに資料を揃えておいて良かったと美登利は思う。あとは地元の図書館でなんとかなるだろう。
 そこで最近は今日子とふたりで早めに帰宅するようになった。

 坂野今日子と同じ時期に就職を決めた船岡和美は、事前研修代わりのアルバイトに夢中になっているらしい。
 希望通りケーブルTV局向けの映像制作会社の内定を勝ち取った彼女を、美登利は心から尊敬する。コネがあったとはいえ、狭き門なのだから最後にはやはり実力だろう。小さな小さな会社だからすぐに番組を任せてもらえるかもしれない。和美はとても張り切っていた。

 吹田薫子は元から就職の必要はないのか、貴島教授の用事を黙々とこなす助手のようになっていた。おかげで美登利はお役御免だ。

「大丈夫なんでしょうか?」
 今日子が心配するように美登利も気にならないわけではない。少しずつ自信に満ちて明るくなっていく薫子の様子を見ていると、悪いことではないとは思う。
 尽くして尽くして喜びを得る。自分が気に入らないからといってそういう方法を否定するほど美登利ももう子どもではない。

「自己満足できてるうちは良いのですよ」
 今日子は眉をひそめたままため息を落とす。
「自分の努力が報われない鬱憤が溜まって殺人事件にまで発展するのですから」
 日常が非日常にひっくり返るのは簡単なのだ。美登利は押し黙って考えてしまう。

 察して今日子はさりげなくフォローする。
「さじ加減がわからない人たちの話ですね。そんなヘマはしないでしょうが」
「殺されるのも本望って思ってるかもね」
 苦く笑って美登利は帽子を深く被り直す。
 貴島教授は兄に似ていると思っていたけれど、実は自分寄りな人間なのかもしれない。

 車窓からの日差しを映して樹々の影がすぎていく車両内の床を眺め、美登利はふと思いつく。
「寒くなる前にお蕎麦を食べに行こうか」
「いいですね。お供します」
 明るい声で返事をして今日子は笑う。

「美登利さん」
「うん?」
「私はしわくちゃのおばあちゃんになっても離れませんから」
 土台、男より女の方が長命なのだ。男どもがいなくなった後でも自分はそばを離れない。確信に満ちた表情で今日子は告げる。
「変わってるなあ、今日子ちゃんは」
 ふふっと笑って美登利は軽く目を閉じた。
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