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第六十一話 執着とこだわり

61-2.秋波

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 引き返しかけたとき、椅子の向こうで倒れている黒い鞄が目に入る。気を利かせて拾おうかどうしようか迷っていたら、口から少しだけ覗いている見覚えのある包装紙の小箱に気づいてしまった。

 ちょっと待て。心の底からそう思う。半年以上も鞄の中だったのか? バレンタインのチョコレートが? ひと夏を越えてきっと箱の中は大惨事だ。何を考えてるんだろう、この男は。
 はらわたが煮えくり返る思いでいると、気配を感じた。首筋に、ざわりと感じるのは秋波というやつだ。

 そろりと後退りながら体を返して立ち上がる。
 背後で体を屈めようとしていた貴島教授は瞬きして少し笑った。
「ガードが堅いね」
 前髪で覆われた目の色はわからない。感情が読みにくい。

「それ、くれたの君だっけ?」
「違います、吹田さんですよ。忘れたんですか?」
「うん? いや、それは別にいいんだけど……」
 ぼりぼり頤をかきながら一歩近づいてきたから美登利は椅子を避けて後退する。
「僕はね……」
 教授が距離を詰めるからまた一歩下がる。背中がキャビネットに当たる。
「優秀な子が好きなんだ」
 美登利は目を瞠って彼を見上げる。
「容姿は関係ない」
 目を逸らさないままドアの方に体を滑らそうとしたけれど、教授はキャビネットに手をついてそれを阻む。
「君は自分の容姿を悩ましく思ってるみたいだけど、それだけじゃない。そうだろう」
「なんのお話ですか」
「僕は君の能力が好きって話」

 ――いや……君なら問題ないか。

 芦川がぼやいていたのを思い出して美登利は顎を引く。こういうことか。
「理想的じゃない?」
 平坦に述べる貴島教授に美登利は笑いそうになる。
「助手として傅けってことですか?」
「言い方悪すぎだよ」
 それはそうだろう。彼女にも覚えのあることだから辛辣にならずにいられない。これは自虐だ。

「生憎ですけど、先生」
 自分も抑揚をつけない話し方を心掛け、美登利は淡々と返す。
「ここ最近の清書をしてるのは私じゃないです。吹田さんです」
 貴島教授は特に動揺は見せない。

「別にいいのですよね、そんなこと」
「ああ……どおりで」
 机の椅子に腰を下ろして彼はあらぬ方に視線を向ける。
 美登利は黙って部屋を出た。

 久々に緊張した。やっぱり貴島教授は兄と似ている。妙な威圧感がある。
 薫子は大丈夫だろうか。思ったが、きっとお門違いな心配だと考え直す。
 恋愛の基準は人それぞれで、薫子と自分の受け止め方はまったく違うのだろうと思えた。薫子の純粋さは悪い方向に作用するものではないと思えた。自分とは違う。
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