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第五十九話 自戒と事情
59-2.秘密なわけじゃねえよ
しおりを挟む「どうした?」
窺うようにして店に入ると、新聞を読みながら煙草を吸っていた志岐琢磨が顔を上げた。
「一ノ瀬さんに会えないかと思ったんすけど」
カウンターに座りながら池崎正人が言うと琢磨は片方の眉を上げて新聞を畳んだ。
「忙しそうだからな。顔出さんだろ。呼び出すか?」
「急ぎじゃないから今日はいいっす。……できたら就職のこと相談しとこうかと思っただけなんで」
水のグラスを受け取って説明する。
「こっちに住むのか?」
「はい」
「……」
煙草を吸いきり、琢磨はくいっと親指でカウンターの中に来るよう示す。
正人が素直に回り込んでいくと、おもむろに床の天板を持ち上げた。てっきり床下収納の蓋だと思ったのに違った。
梯子が下に続いている。下に降りた琢磨に呼ばれて正人も梯子を下りた。
地下室だ。四畳半くらいの広さに見える。正人にはわからない機材がいくつも並んでいる。
――ここに秘密の地下室があっても驚かない。
以前ふざけて言ったが本当にあったのだ。
「秘密なわけじゃねえよ。ただホイホイ人に教えるものでもないだろ」
「確かに」
「達彦も宮前たちだって知ってる」
言いながら琢磨はいくつかあるモニターの画面をつける。
「無線は俺が趣味で使ってたもんだが、パソコンだの監視カメラだのは巽が入れた」
不穏な響きに驚いて琢磨が指差すモニターを見る。アーケード商店街の映像がいろいろな角度から映っている。
「これ、今カメラで撮ってるものですか」
「そうだ。七夕の放火騒ぎがあっただろ。あの後、巽が勝手にいじっていきやがった」
琢磨は更に順々にモニターを指差す。
「あれは中川家の表と裏。そっちが巽ん家だ。どっちも異変があればここでもわかるようになってる。まあ、巽の家ならどこより安全だがな。あそこには文字通り地下基地がある」
思いもよらない世界の話に、正人は自分の顔が強張っていくのを感じていた。
「どうしてそんなものが」
「俺も巽も危ない橋渡ることがあるからな、その保険でもあるが。……わかるだろ」
琢磨は唇を曲げて自分からは言わない。
「先輩のためっすか?」
食い入るように見つめると、琢磨は視線を避けるようにパソコン前の椅子に腰を下ろした。
「本当に小さな頃には誘拐騒ぎなんてしょっちゅうだったらしいぜ。黙ってれば連れて帰りたくなる可愛さだからな」
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