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第五十七話 小さな決心
57-3.殴っていいよ
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――小暮はそういうタイプじゃない。
その通りだ。しょうがないわけがない。いいわけなんかない。いちばんに愛されなければ意味はない。綾香にとって恋愛はそうなのだ。
『だからね。もうやめた方がいいよ』
あきらめなきゃ駄目だよ。もう大人になるのだから。
わかっている。わかってはいるけれど。
――もうやめろよ。
そう言う正人があきらめていないのはずるいと思うのだ。それはただの勝ち負けで、綾香は負けたのだとわかってる。それでもずるいと思ってしまう。
彼は、綾香のためには傷ついてくれない。傷をつけてやりたいのに。
恵が立ち上がるのを手伝って、美登利もお盆を持っていってしまった。
綾香は広間を見渡してみる。拓己の友人たちは庭に下りて更に賑やかにやっているようだった。輪から少し外れて正人が縁側に座っている。
綾香は足のしびれがなくなるのを待ってからそっと立ち上がって廊下に出てみた。台所の方が賑やかで、そこから美登利が出てきて玄関へと向かった。綾香は足早にそれを追う。
「どこか行くんですか?」
靴を履いていた美登利は首をひねって綾香を見た。
「調味料が足りないから厨房から取ってくる」
「一緒に行っていいですか。外の空気が吸いたくて」
「いいけど」
特に表情を変えずに美登利は頷く。
後ろから彼女について林道を歩きながら綾香は高校時代のことを思い出していた。
正人に振られて憎らしくて、たまたま校舎内で見かけた美登利を追って屋上まで行ったことがあった。
――殴る? 蹴る? なんなら、ここから突き落とす? やってもいいよ、ほら。
満面の笑顔で言われて恐ろしかった。どうして正人はこんな人を好きになったのかと理解不能だった。
今だって理解なんかできない。綾香の大好きな彼のことを日陰者のように扱う女のことなんて。だけど……。
「何か言いたそうだね」
立ち止まった美登利がくすりと笑って振り返った。
「受けて立つって言ったでしょ? 言ってごらんよ」
あのときの危うげな顔とは違う。
「それとも殴る?」
昨夜の恵と同じ、さっぱりした表情で彼女は目を閉じて顎を少し上げた。
「殴っていいよ。ほら」
「……」
その通りだ。しょうがないわけがない。いいわけなんかない。いちばんに愛されなければ意味はない。綾香にとって恋愛はそうなのだ。
『だからね。もうやめた方がいいよ』
あきらめなきゃ駄目だよ。もう大人になるのだから。
わかっている。わかってはいるけれど。
――もうやめろよ。
そう言う正人があきらめていないのはずるいと思うのだ。それはただの勝ち負けで、綾香は負けたのだとわかってる。それでもずるいと思ってしまう。
彼は、綾香のためには傷ついてくれない。傷をつけてやりたいのに。
恵が立ち上がるのを手伝って、美登利もお盆を持っていってしまった。
綾香は広間を見渡してみる。拓己の友人たちは庭に下りて更に賑やかにやっているようだった。輪から少し外れて正人が縁側に座っている。
綾香は足のしびれがなくなるのを待ってからそっと立ち上がって廊下に出てみた。台所の方が賑やかで、そこから美登利が出てきて玄関へと向かった。綾香は足早にそれを追う。
「どこか行くんですか?」
靴を履いていた美登利は首をひねって綾香を見た。
「調味料が足りないから厨房から取ってくる」
「一緒に行っていいですか。外の空気が吸いたくて」
「いいけど」
特に表情を変えずに美登利は頷く。
後ろから彼女について林道を歩きながら綾香は高校時代のことを思い出していた。
正人に振られて憎らしくて、たまたま校舎内で見かけた美登利を追って屋上まで行ったことがあった。
――殴る? 蹴る? なんなら、ここから突き落とす? やってもいいよ、ほら。
満面の笑顔で言われて恐ろしかった。どうして正人はこんな人を好きになったのかと理解不能だった。
今だって理解なんかできない。綾香の大好きな彼のことを日陰者のように扱う女のことなんて。だけど……。
「何か言いたそうだね」
立ち止まった美登利がくすりと笑って振り返った。
「受けて立つって言ったでしょ? 言ってごらんよ」
あのときの危うげな顔とは違う。
「それとも殴る?」
昨夜の恵と同じ、さっぱりした表情で彼女は目を閉じて顎を少し上げた。
「殴っていいよ。ほら」
「……」
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