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第五十六話 変身

56-4.見込みのあるお芋

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 びっくりした。自分の何が変わったわけでもないのに顔つきが明るく見えた。驚いて目を見開いた後、自然と笑みが滲んでくる。
「ね? 自信がつくでしょ」
 後ろから美登利に言われる。そこまではわからない。だけど気持ちが明るくなった気がするのは確かだ。

「お肌の感じから何も手を入れない方がキレイでいられるかもね」
 片づけをしながら百合香が講義する。
「だけど外に出るときには、化粧水と日焼け止めと、パウダーをはたくくらいのことはすること」
「私、お化粧品なんて何も……」
「そこのお店に買いに行きましょう」
 美登利に腕を引っ張られて薫子は立ち上がる。

 それを見て百合香はにっこり笑う。
「あなたは立ち居振る舞いが美しいから、見た目も少し垢抜けさえすれば洗練されたレディになれるわよ」
「そ、そんな。私なんか」
 美登利の方をちらりと見る。察して百合香は鼻を鳴らした。
「お馬鹿さんねえ。その人と比べたら大抵の女は芋よ芋」
「お芋さん……」
「あなたは見込みのあるお芋だから精進なさい。人生はこれからよ」
 意味のない迫力と説得力の前で、薫子はやっぱりこくこく頷くしかなかった。




 ヒーローショーの事の顛末を聞いて、池崎正人はとりあえず安堵の息をついた。
「怪獣役の人が怪我をしたっていうからさ」
 志願して代役をやらせてもらったのだそうだ。
 にこにこと楽しそうに美登利は笑う。
「初めての体験で新鮮だったよ。こう、自己が解放される感じ?」

 典型的な恐竜タイプの着ぐるみを着て、大いに熱演だったという。迫力に大きな子どもたちは大興奮だったし、小さな子どもたちは泣いていたという。教えてくれた坂野今日子は苦笑いしていた。

「イベントごとに来てねって頼まれちゃった」
 嬉しそうに話すけれど。こんなふうに役割だけ増えていって、彼女は本当は何がしたいのだろう。
「いいけど、怪我だけはしないでよ。あとヘンに目立つことはしないでよ」
「なんか最近、説教臭いよね。池崎くん」
「……」
「あ、元からか」
「……」
 あんたがろくでもないからじゃないか。心の中で叫んでいたら、
「顔に書いてあるよ」
 がおーと押し倒されて正人は笑う。あなたは元から怪獣じゃないか。
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