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第五十五話 悪戯

55-2.チョコの小箱

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 それで研究室棟の資料室に行くことにする。資料室のコピー機を使うのに貴島教授からICカードを借りなければならないのが煩わしいが仕方ない。

 しんとした研究室棟の中を進み貴島教授の居室を訪ねる。
「資料室を使わせてもらっていいですか?」
「うん」
「コピーを取りたいです」
「どうぞ」
 コピーカードは、壁の電気のスイッチの横に取り付けたポケットに入れられている。
「お借りします」
 体を半分だけ室内に入れてカードを取り、そのまま会釈して出ていこうとした美登利の視界にそれは飛び込んできた。

 相変わらず乱雑に紙類が置かれている手前のテーブル。傾き加減に平積みになっている書籍とその上にかぶさったA3の紙の間から、よく見た小箱の角が覗いている。
 吹田薫子はきちんと渡したのだ。ほっとするのと同時に怒りが沸き起こってくる。場面をリアルに想像できてしまって。

 チョコレートを差し出した薫子に向かって貴島教授は「そこに置いといて」とでも言ったのだろう。薫子は困ってここに置いていったのだろう。それを貴島教授はすっかり忘れているのだろう。
「……」
 バレンタインから早一か月がすぎようとしているというのに。腹が立って小箱のまま口に突っ込んでやりたい衝動にかられた。
 さすがにそれを実行するほど美登利ももう子どもではない。だが腹の虫は収まらない。

 貴島教授は相変わらずこっちに背中を向けて机に向かっている。
 美登利は音もなく室内に入り込み、細心の注意を払ってそうっと紙の間からチョコの小箱を抜き取った。
 後ろ手に小箱を隠してそうっと貴島教授に歩み寄る。

 没頭しているのかと思ったのに意外と貴島教授は気配に気づいて顔を上げた。
「なに?」
「お手伝いすることありますか?」
 貴島教授はぼさぼさの前髪の間から美登利を見つめる。
「春休みだしアルバイトがしたいんです」
 無言の問いかけにそう答えると、貴島教授は立ち上がってキャビネットの方に向かう。
 その隙に、美登利はデスクの足元に置いてある貴島教授の黒い鞄にチョコの小箱を突っ込む。

「ここにある雑誌のバックナンバーを全部当たって『宇津保物語』関連の記述のページに全部付箋を貼っといてもらえる」
「……はい」
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