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第四十九話 雪の天使

49-4.お兄ちゃんは私のもの

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 わかっていた。どうせこの人にはわかりっこない。だけど言わずにいられなかった。
 どうにか気持ちを収めて美登利は兄に問う。
「私のこと好き?」
「もちろん」
「一緒にいたい?」

 真摯な表情になって巽は頷く。
 もう約束を破ったりしない。たとえどんな苦痛が伴うとしても。わかってほしくて、そっと彼女の手を取る。

 ――じゃあ、ハグして。

 昔かわいく笑って腕を伸ばしてくれた妹は、今は静かに兄を見下ろしている。
「それなら私に何も隠さないで」
「隠してなんか……」
 永遠に秘密にすると決めたから。

「お兄ちゃんが何か企むなら私はここには来られない」
 眉をひそめて美登利は掬い上げるように巽を見つめる。こんな表情すらこの妹は可愛らしい。
「もう何も企まないで」
「うん……」
「約束して」
「約束するから、仲直りしてくれる?」
 この子に嫌われるのだけは耐えられない。

 美登利は揺りかごから滑り下りて情けない顔をする兄の前に膝をつく。大好きな人。別々に生まれてくれば良かっただなんて思わない。
「私が妹で良かった?」
 声が震えないようにしながら訊いてみる。
 巽は驚いて顔をしかめた。いつになく人間らしい反応に笑みがもれる。
 そんな妹の様子を見て彼も笑った。
「僕の妹がおまえで良かったよ」
 言い回しを変えて答えてくれる。

 涙が出そうになって美登利はそっと兄の肩に手を回した。
「お兄ちゃんがあなたで良かった」
 自分が兄を抱くのは初めてかもしれない。思ったら、どうしようもなくなって心が震えた。だけど動けない。今でも愛しているのはこの人だけ。

 すべてを引き換えにすれば二人だけの世界は手に入るだろう。だけど捨てていいものなんか何もない。優しい両親も、大切な人たちも、愛しい人も。捨てていいものじゃない。
 動けない。何処にも行けない。それはもう仕方のないことで。
 それならこのまま進むしかない。傷ついても、傷つけても、汚れても。どうせまっさらになんて生きられない。だからこそ。

 たとえどんなふうになったとしても、あなたは私を一番に想っていて。愛していて。
(お兄ちゃんは私のもの)
 それだけが今も昔も変わらない真実。
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