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第四十八話 繋いだ手

48-1.波乱を起こしそうな人物

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 船岡和美がロータスに顔を出したとき、そこにいたのは宮前仁と一ノ瀬誠だけだった。
「美登利さんは?」
「買物」
「すぐ戻るよね?」
 壁に寄りかかって行儀悪く足を組んで雑誌を読んでいる宮前が頷く。和美は少し迷ってから、奥のテーブル席に座って友人を待つことにした。

 少し離れてカウンター席に座っている誠と宮前は、それぞれ雑誌を見ながらときおりぽつぽつと会話する。ほとんどが就職に関することで宮前が取り留めなく現状を問いかけ、誠がそれに答えている。
 自分も鞄から映画雑誌を取り出しながら和美は思う。随分と穏やかになったものだなと。もちろん一ノ瀬誠のことだ。

 和美は内心、池崎正人が今のポジションに収まることでまた波乱があると踏んでいた。だがそうはならなかった。憑き物が落ちたように今の誠は穏やかだ。
(不思議なコだよな)
 頬杖をついて和美は思い出してみる。池崎正人という人は。思えば最初からどこかが違っていたのだ。それは澤村祐也だって認めていた。少しの悔しさだって、きっとあるだろうに。

 冒頭の特集ページに目を落として和美はまた思いつく。そういえば、いちばん波乱を起こしそうな人物の姿を最近見ない。また海外にでも行っているのだろうか。

「ただいま」
 中川美登利と坂野今日子が入ってくる。
「おかえりなさい!」
 和美は声をあげてカウンターに移動する。
「いつ来たんですか?」
 買物袋を置きながら今日子が尋ねる。
「ついさっき。あのね、実は美登利さんに、お願いがありまして」
「うん。なあに?」
 小首を傾げる美登利に、和美は恐る恐るといった様子で説明を始めた。




 別荘地の奥まった場所に建つ中川巽の自宅の前で、村上達彦は門前の監視カメラを見上げた。奴はいったい何を考えてこんな家を建てたのか。
 クルマの中からしばらく眺めていたら、玄関口から巽が出てきた。カメラの映像を見たのだろう。

「やあ」
 電動の門扉を開いて脇に立つ。
「でかいウチ。いろいろ仕掛けがありそうだ」
「ご想像にお任せするよ」
 ジャブを交わして巽は達彦を招き入れる。
「フィアンセは?」
「仕事部屋に籠ってるよ。夜まで出てこないんじゃないかな」

 対面キッチンで巽が紅茶を淹れるのを目の端で捉えながら吹き抜けの回廊を見渡し、達彦は頭の中で間取り図を広げる。
 巽もまた、目の端で自分を見張っているのを感じたが確認作業を遂行する。そうでなければ今日来た意味がない。

「どうぞ」
 巽が運んできた紅茶の香りが変わっている気がして、ひやりとする。そんな達彦を横目に巽は澄ました顔でソーサーを持ちあげる。
「毒なんか盛ってないよ。見てただろ」
「隙があったら盛ってたみたいな言い方だな」
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