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第四十七話 忠告と後悔

47-2.奴のことが好きらしい

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「式はいつ?」
「そうですね、おいおい」
 会話の主導は達彦で、それに当たり障りのない返答をしつつ亜紀子は食事を進める。
 彼の所作は、品の良さは持って生まれたものであろう巽と比べて遜色ない。亜紀子はそれに感心する。

「よく彼と結婚しようなんて気になったね」
 ごく普通に話の流れに沿って達彦が斬り込んでくる。
「大変だよ」
 敢えて目は上げずに自然体に。きっと気配で相手の動揺を察知する術を心得ているのに違いない。亜紀子は可笑しくなる。
「そんなことありませんよ」
 バターにナイフを突き立てる心持で返してやる。

「私はみどちゃんのことも大好きですから」
「へえ、見上げた心根だね」
 目を上げて本当に優しそうに達彦は微笑む。
「僕はみどちゃんのことなんて言ってないけど」
「駆け引きは面倒なんですよ。私」
 負けずに笑い返して亜紀子は水を飲む。
「カエサルのものはカエサルに。それでいいじゃないですか」

「……本当に?」
 笑みを崩さず達彦も水のグラスを持つ。
「あの子を甘く見ていない?」
 亜紀子は目に力を入れる。
「カエサルはあの子の方かもしれない」
 達彦は目の色を変えない。
「君は優先順位をしっかり決めておくべきだと思うよ」

「それ、警告ですか?」
「ただの忠告だよ。あの兄妹に関わったばかりに気の毒だと思ってるんだ」
「そんなこと。私は幸せですよ」
 揺さぶられたりするものか。亜紀子には野望がある。誰にも邪魔はさせない。
「あの兄妹に関わって幸せな奴なんていないよ」
「それは受け取る側の問題でしょう。私は幸せです」
 そのときだけは笑みを消して達彦が亜紀子を見た。

「まさか自分の不幸を巽さんのせいにしているの?」
 くすりと笑って達彦は目を伏せる。
「お陰様で、そういう時期は乗り越えたよ。それに僕は奴のことが好きらしい」
 胡乱な目になって亜紀子は彼を窺う。達彦はソツのない顔つきに戻ってしまってどんな感情も読み取れなかった。




「あれ、巽くん」
 翡翠荘の中庭に現れた従弟に淳史は軽く首を傾げる。
「どうかした?」
「なんだか寂しくなっちゃって」
 いつ見ても浮世離れした空気を醸し出して、ふたつ年下の従弟はふんわり笑う。
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