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第四十四話 悪魔の祈り

44-2.食後の運動

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「お目当てはこれなんでしょ?」
 正人の問いに美登利はふふんと笑ってマップを取り出す。五件ハシゴさせられた。

「寝る前にゆっくり食べよう」
 ケーキの箱を大事に抱えて旅館にチェックインする。
 早々に温泉につかって、早々に夕食の準備をしてもらった。
「実はこの前も思ったんだけどさ、海なし県の食事って茶色いよね」
「失礼なこと言うな」
 首をすくめつつ美登利はきれいに平らげる。次に別腹とばかりにケーキの箱をひとつ開けた。

「しあわせ」
 うっとりとチョコケーキを口に入れて頬をほころばせる。とろけそうな笑顔。あれのときとどっちが幸せなんだろう。うっかり考えてしまったら、すかさず視線が飛んで来た。しまった。
「あげないよ」

 どういう意味ですか。彼が固まっている間にふたつのケーキをお腹に収めた美登利は、おもむろに正人に向き直った。
「さて、食後の運動しなくちゃね」
 どういう意味ですか。唾を呑むまでもなかった。

「さあ、勝負だよ! 負けたら下僕だからね」
 遊戯室で卓球台の向こうからラケットを突きつけて宣言してくる彼女に、正人はそれはそれで闘志を燃やす。
(絶対勝つ!)
 だが、あっさり負けた。

「顔面ばっかり狙ってくるの反則だよね!」
「そんなルール決めなかったじゃん」
 まったくこの人、手段を選ばない。負けたところで状況は変わらないから正人には痛くもかゆくもなかったりするのだが。

 もう一度大浴場に行った後、売店の前で待ち合わせた。
「お父さんとタクマには佃煮でいいかなあ」
 土産物を選ぶ彼女を横目に奥の棚へと目をやる。地元の工芸家の作品として服飾品がいくつか置かれていた。
 その中に正人はブロンズのかんざしを見つける。透かし彫りの花がきれいだ。彼女が髪に挿しているところを想像してみる。

「何見てるの?」
 ひょいと後ろから覗き込んだ彼女に訊いてみる。
「先輩、これ欲しい?」
 手に取って見せる。美登利は優しい表情になる。
「……気持ちは貰っておくよ」
 そうだった。すとんと気持ちを落として正人はかんざしを元に戻す。
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