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第四十三話 月に揺りかご

43-3.ハンギングチェア

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「誠や池崎くんにはそんな態度取らないじゃない」
 じっと彼女は見上げてくる。
「お兄ちゃんと村上さんて、不思議だね」
 微笑んでささやく。この子は、間違ったことは言わない。
「そうかな……」
「うん」
「そうかな」
 顎に手を当てて巽は考えてみる。

 そんな兄を見つめて目を細め、美登利はカップを持って立ち上がる。
 その手を、巽が引き留めた。
「明日また来てくれる? 同じ時間にでも」
「私だけ?」
「うん」
「……わかった」




 翌日の昼間は温泉街まで出て観光客で賑わう街道を散策した。
「今日子ちゃんにお土産選ぶなら手伝ってあげようか?」
 にやにやしながら提案したら、宮前は素直に「お願いします」なんて頭を下げたから美登利は拍子抜けしてしまう。
「今のはおまえが悪い」
 誠に釘をさされて首をすくめる。なんだかつまらない。


 夕方、今度は一人で兄の家まで歩いて行った。
「待ってましたよー」
 亜紀子が満面の笑顔で迎えてくれる。
「今夜はピザですよ。巽さんが作ってくれました!」
 デザートに美登利が持ってきたシャーベットを食べた後、二階へと誘われた。

 昨日探索したときには廊下の奥に引っ越しの段ボール箱が置きっぱなしになっていたが、今日はそれが片づいていた。昨日は見えなかった通路が折れ曲がって続いている。
 普通にまだ奥があったのだ。隠し通路でもなんでもない。宮前の言動に影響されていたことに美登利は心の中で苦笑する。

 角を曲がった先の廊下には扉がひとつだけだった。
「さあ、どうぞ」
 もったいぶって巽が開けたドアから中を覗く。
「……」
 下のリビングよりずっと広い空間だった。家具が何もないから余計にそう感じる。
 全面ガラス張りの窓辺に置いてある物に美登利は声をあげた。
「ハンギングチェアだ」
 こげ茶の丸いラタンにふかふかのクッションのブランコ。クッションの色は真っ青で、まさに彼女が欲しかったものだ。

「欲しがってただろう」
「うん……」
「おまえの部屋だよ」
 びっくりして息を詰める。
「一緒に暮らしたくて用意した」
「え……」
「もちろん学校を卒業したらだけど。父さんはおまえがそうしたいならいいって言ってくれてるよ」
 何も言えずに美登利は兄を見つめる。

「ここなら煩わしいこともなく静かに暮らせる。ずっと」
 ずっと一緒だよ。言われて美登利は震えないようにするのが精一杯だった。
「でも……。でも、おかしいよ、そんなの」
「何が?」
「だって、だって……」
 巽の隣でにこにこしている亜紀子を見る。
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