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第三十五話 桃源郷

35-4.遠回り

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「馬鹿だなあ」
 正人のおでこをそっと撫でる。
「顔が赤いよ」
 お見通しの癖にそんなふうにからかってくる。それさえもしあわせで。

「やっぱりワイナリーが多いね」
 ランチを食べたのもワイナリーの敷地内のレストランで、美登利は観光マップを見てつぶやく。
「先輩はもう飲めるのか」
 今の自分にとっては一年の年の差がとても大きい。
「また来年来て一緒に飲もうね。今日はお父さんとタクマにお土産買うだけにする」

 ガラス工房を覗いたり遺跡博物館のベンチでぼんやりしたり、とにかくのんびりすごした。
「海側で見るのと空の高さまで違うね」
「そうなんだよな」
「空が近くて箱庭の中にいるみたい」
「盆地だからかなあ。おれは海沿いで見る空の方が好きだな」
「そうかそうか、海なし県の人はそんなに海が羨ましいか」
「その言い方ムカつく」
「山も楽しいね。今度はサクランボ狩りに来たいな」
「……うん」
 こんなにも、先の約束ができることが嬉しい。

 宿の部屋で布団の上にふたりで向かい合ったときには、なんとも言えない気分になった。
「なんか照れる」
「うん……」
 綾香には大胆なことを言ってたくせに美登利はずっと俯いている。
 かと思うといきなり泣き出したから正人はぎょっとした。
「先輩?」
 またなんのスイッチが入ったのやら。

「どうしてこんなに遠回り遠回りなんだろうね」
「……うん」
「ばかだよね、私」
「先輩がバカならおれだってバカだ。間違えないとわからないんだ」
 それでもやり直せたことに感謝しなくてはならない。失くしたまま取り戻せないことの方がきっと多い世の中で、こうやってまた彼女と向き合うことができた。

「間違えたくなんかないのにね」
「しょうがないよ、みんなバカなんだ」
 夏に見たときより少し伸びた髪に触れる。美登利はかすかに微笑んで瞳を伏せる。
 触れるだけのキスを何度もした後、正人は尋ねてみる。
「おれのこと好き?」
「大好き」
 睫毛の影が、揺れる眼差しに差してゾクゾクする。
「私のこと好き?」
 吐息がかかる距離でささやかれ、理性なんか簡単にぐずぐずになる。
「好き。愛してる」
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