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第三十四話 約束

34-3.負けたんだ

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 その中から美登利はただのテグスの輪っかをつまみ上げた。
「覚えてる?」
「…………」
 覚えているに決まってる。

 ――ほんとう? お兄ちゃんとけっこんできない?
 ――うん……。
 ――それならまことちゃんとする。

 あのあと嬉しくて確認した。
『ほんとに結婚する?』
『うん』
 それなら、とまわりにあったものをあれこれ試してみて一番具合のよかったそれを渡した。
『指輪だよ。結婚の約束をした人にあげるんだって』
『ありがとう』

 指輪の位置も知らなくて、ただ人差し指にぶかぶかにぶら下がったそれを、彼女はすぐに失くしてしまうだろうと子ども心にも感じた。あの言葉自体巽の代わりにもらえたようなものだ。約束に意味なんかない。果たされないとわかっているのに思い出すのは辛い。

 だから忘れた振りをした。彼女との思い出で覚えていないことなどない、本当に忘れてしまおうなんて思わない。
 ただ辛かったから。彼女がこだわっているのに気づいていたのに知らない振りをした。くだらない意地とプライドのために。

「結婚するって言ったよね?」
 顔を凍らせている誠に不安そうに美登利が尋ねる。
「うん」
「結婚するよね?」
 珍しく心細げな顔をする彼女を見つめる。
「うん」
 ほっと頬をほころばせた彼女を抱きしめる。
 気づいたときには遅い、その通りだ。なんて馬鹿だったんだろう。

 ――俺はおまえを信じていない。

 そんな言葉でよろったりせず、信じればよかったんだ。
 自分と彼との決定的な差。正人は信じた。自分は信じなかった。そうできたはずなのに努力をしなかった。ただ彼女を責めた。

(負けたんだ)
 はっきりわかった。ひたすらまっすぐに、素直に正直に。そんな彼に、自分は負けたのだ。だとしても。

「ずっと一緒だね」
「うん」
 これだけは譲らない。ずっと一緒にすごしてきた。手を握って、同じものを見て。楽しくて、嬉しくて、寂しくて、悲しくて。死んでも離れない。死んだ後だって離れない。

「絶対に離れない」
 声が震えているのに気づいて美登利が顔を上げる。優しい顔になって微笑む。
「馬鹿だなあ」
 彼の涙をぬぐいながら、そう言う自分も泣き始めた。
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