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第三十三話 蓮の花

33-6.あなたは私のもの

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「あ、ひとつ言ってもいいかな?」
「うん?」
「日本にいるうちに最低三回はデートしたいな」
 三本立てた指をそわそわと動かす和美に澤村は笑う。
「三回でいいの?」
「う……できるなら、もっとたくさん」
「喜んで」
 微笑って手をつないでくれる彼に感謝の気持ちがいっぱいになって、和美もぎゅっとその手を握り返した。




 無気力にやることもなく池崎正人は近所のバス通りをぶらぶら歩いていた。少し肌寒さを感じる程度の小春日和。本当だったら次の策を考えなくてはならないのに脳が勤勉に働いてはくれない。
 もちろんこのままあきらめるつもりなんかない。何度だって食らいつく。何年かかっても自分の居場所を手に入れる。

 バスが通りすぎていった。少し先の停留所で停まって帽子を被った人が降りてくる。バスの車体が退いて姿が見えたとき、正人は顎が外れるかと思った。
「先輩!」
 振り返ったと思ったら、彼女の顔がどんどん近づいてくる。勢い余って飛びついてきた体を抱き留める。

「ごめんね。ごめんね」
「え……」
「私、嘘をついてた」
 恥じ入るように目を伏せたまま美登利は話す。
「幸せになってね、なんてきれいごと、本当は、これっぽっちも思ってなかった」
 正人は彼女の手を握ったまま、突然の告白に聞き入る。

「だって、私のものだもの。誰かに盗られたくなんかない」
 正人を見上げる瞳が覇気に溢れている。以前の彼女だ。
 元に戻った彼女が、やっと本心を話してくれている。正人にはわかる。
「あなたは私のものでしょう」
「うん。そうだよ」
 胸が熱くてそれ以上のことは何も言えない。

「私はあなただけのものじゃないけれど」
「わかってる。我慢できる」
「大好きだよ」
「うん。おれも」
「もう離れないで」
「うん……」
 恥ずかしいけど涙がこぼれてきて、彼女を抱きしめる。先のことなんかどうだっていい。きっと乗り越えてみせる。この人がいれば怖いことなんか何もない。

 腕の中の彼女も泣いていることに気づく。指を伸ばしてお互いに涙をぬぐい合う。美登利が少し微笑んだのを見て訊いてみる。
「キスしていい?」
 すかさず口元に彼女のくちびるを感じて懐かしさに体が震える。
 正人の顔を覗き込んで美登利は笑う。
「これからもお願いしますのキスだね」
「うん」
 笑ってもう一度くちづけをした。
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