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第三十三話 蓮の花

33-4.「男を攫いに」

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「誰が傷ついたって困ったって、それは君のせいじゃない」

 ――何をどう感じようとそれはおれのせいで、それを先輩が自分のせいみたいに言うのはおかしい。傷ついたならそれはおれのせい。

「誰も責めたりしない」

 ――おれはあなたを責めたりしない。

「私は、欲が深くて、狡くて汚くて……」
「それが君だから」
 あっさり頷いて澤村は微笑む。
「ねえ、今更自分を変えようだなんて思わないで。君はそういう人。思い知ったなら受け入れて」
「私……」
「あきらめて、そのままの君でいて。狡くて汚いままでいて。……そういう君を好きな人を信じて」
 瞬きして涙を落とし、美登利は初めて見るような眼差しで澤村の顔を見つめる。

「君みたいな人が性格まで良くなってどうするの? 良い人ぶるのはやめてよね。せめて悪魔でいてくれないと、本当に困ったことになるよ」
「……」
「みんな好きで君の近くにいるんだ。文句なんか言わせないで。贅沢言うなってさ」
 本当は、自分だってそばにいたいのに。物哀しく微笑む澤村の瞳を見て、美登利は頷く。
「そうだね……」

「そうだよ。君は思いきり居直って、好きに振る舞えばいい。身勝手にすればいい。それでも誰もいなくならないから」
「うん、うん」
「好きだよ」
「うん。ありがとう」
 晴れやかに微笑む顔に、初めて会ったときの天使の笑顔が重なる。君は天使で悪魔。どちらを望むかは対する人間の心持次第。そういう人でいればいい。




 戻ってきた美登利の顔を見て皆が感じた。以前の覇気が戻っている。
 カウンターにチョコの箱を置いてテーブル席の誠の横に立つ。その場に膝をついて彼を見上げた。
「私のこと好き?」
「……好きだよ」
「それなら私がすること許してくれるよね?」
「ああ」
「私は池崎くんが欲しい」
「うん」
 わかっていた、最初から。

「もうひとつ、言いたいことがある」
 すっと立ち上がって思いきり恋人の頬を引っぱたく。
 景気のいい音が響いてカウンターの中で琢磨がはぁっと息をつく。
「もう二度と私の知らないところで悪だくみしないで」

 そっちこそ、言ってやりたかったが誠は黙る。今まで見たことのないほど晴れ晴れと彼女は微笑んでいる。
「約束、守るから」
「……」
 まただ。なんの約束だ?
 問いかける間もなく踵を返した彼女は振り向きざま、そこにいた村上達彦のことも張り倒した。

 皆がびっくりしている間に駆け出す。
「タクマ! 今日は戻らなくていい?」
「おう、どこ行くんだ?」
「男を攫いに」
「実家にいるぞ。行ってこい」
 チョコの箱を携え美登利はニヤリとして出ていった。
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