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第三十二話 対決

32-6.そうでなければ

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「人が良すぎだよ、池崎くん」
 美登利が冷たい目で正人を見ている。
「そんな見ず知らずの奴、放っておけばいいのに」

 ――あんただって。
 ――私は池崎くんだから助けたの!

「私は戻る。これ以上は知らない」
 素早く森を抜けていってしまう。正人は脂汗の浮いた額をぬぐって重く息をついた。



 駆けつけてきた大会スタッフに棄権するかと訊かれたが、怪我をしたわけでもないのにそれはできない。
 すかさずレースに戻ったが遅れを取り戻すことはできなかった。

「勝負は勝負だよ。あなたの負けだね」
 ゴールするなり息を整える間も与えてもらえず告げられて、正人は肩を上下させたまま返事をすることもできなかった。
「もう二度と私の前に姿を見せないで」
 言い放って美登利は踵を返す。気遣う様子で坂野今日子がその後に続く。

 残った宮前がしかめつらのまま、膝を折る正人を見下ろしている。
「何やってんだよ」
「なに……やって……すかね」
 荒い息の合間から言葉を零して、正人は眉を引き絞った。




(そうでなければあなたじゃないから)
 バスの座席で目を閉じて美登利は思う。
(そういうとこ、大好きだよ)
 公園前のバス停で降りて自宅に向かう。早く横になりたかった。

「おかえりなさい。今日は早いね」
「うん」
「夕飯まだだよ。お父さん少し遅くなるみたい」
「それまで寝てる」
「いいけど、誠くんが待ってるよ」
「うん」

 玄関に靴があるからわかっていた。美登利のデスクで誠は大型の全集を読んでいた。
「なに人の部屋でくつろいでるのさ」
「これ借りていっていいか」
「持ってけドロボー」
「……勝ったって?」
「当然」
「良かったな。最後の運動会で負けたときには悔しそうだったもんな」
「そうだったね」

 疲れた様子でベッドに座る幼馴染を見て誠は立ち上がる。
「帰る」
「帰れ帰れ。ついでに電気消してけ」
 ため息をついて誠はドアのそばのスイッチを押す。
「お疲れ」
「……」
 ひとりになると、美登利はぽすっと体を横たえる。頭は飽和状態で何も考えられなかった。
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