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第三十二話 対決

32-4.勝負だ

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 ――勝負だよ!
 それは、とても彼女らしいやり方で。正人は一瞬安堵の笑みを浮かべそうになる。
 大丈夫、信じてる。この人は何も変わってなんかいない。
「わかった。勝負だ」
 唇を引き結び力強く頷いた。




「今更勝負ねえ」
 琢磨の不味いコーヒーには手を付けないまま和美はテーブルに頬杖をつく。
「美登利さんらしいです」
 今日子はやはり安堵したように小さく微笑む。
「池崎は速いんだろ?」
 新聞から顔も上げずに話に入ってくる達彦に宮前が答える。
「中川だって速いっすよ。体力あるし体も軽い。山道じゃ有利っしょ」
「しかもトレーニングに余念がないと」
 うーんと背伸びして和美はペンダントライトを見上げる。
「負けず嫌いだからな」
「池崎くんだって」
「ミラクルは起きるかな」
「勝負は時の運だろ」
「他人事っすよねー」
 てんで好き勝手に話す連中を横目に、琢磨は無言で煙草をふかしていた。




 マラソン大会当日は寒風吹きすさぶ晴天の朝で、冴え冴えとした蒼天が二人の胸中を思わせた。
 キャップのつばで顔を隠してアップしている美登利を見やって正人は深呼吸する。大丈夫、負けない。

「けっこう若い奴多いな」
 観覧席から出場者を眺め、宮前仁がつぶやく。
「見た顔がちらほら」
「西城大学部の陸上メンバーですよ」
「あー……」

 山の中腹にある小学校から出発し坂道を登ってゴルフ場をぐるりと回って下りてくるというコースだ。道は舗装されてはいるが途中から減幅するしなかなかの悪路であるらしい。途中の枝道は危険だから絶対に入るなとの注意事項を受けてスタートした。

 西城のマークの入ったジャージの集団がものすごいスタートダッシュをかける。つられそうになった正人はすかさず思いとどまる。安西史弘と走ったときのことを思い出していた。あのときは死ぬかと思った。

 安西ほど速くはない集団は、その中でも脱落メンバーが出てきて正人は数人を追い抜いていく。
 道幅が狭くなって木々が鬱蒼とした山道へ入っていく。アスファルトもひび割れて走りにくい。カーブごとに係員がいてくれるがそうでなければ視界が悪くてなかなか怖い。
 先にも後ろにも人影が見えない曲がりくねった区間をすぎると少し道路が開けた。
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