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第二十九話 花と落涙

29-4.暴いても曝しても

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『不思議よねえ、家って何もしなくても汚れるのねぇ』
 窓際のベッドに横たわって呑気に母親が笑っていたのは、いつのことだったか。
 母が入院したときにも死んだときにだってこんな感慨は抱かなかったのに、今日はやけにしんみりしてしまう。美登利と小宮山唯子に頼んだ墓所の出来があまりに良かった為かもしれない。

 気がついたら日が傾きだしていた。斜陽に染まる部屋を見ていたら居たたまれなくなって外に出た。
 河原沿いの道を歩く。
 土手の芝生に美登利が座っているのを見つけた。固い表情で水面を睨んでいる。かつての萎れた花のような姿はもうない。ひたすら憤りを堪える表情で彼女は顔を上げる。
「酷い顔」
 達彦を見て嗤う。

「そっちも凄い形相だよ。何をそんなに怒っているの?」
「怒ってなんかない」
 吐き捨ててまた水面を睨みつける。
「腹立たしいなら俺を蹴り飛ばす?」
「何を言って……」
 彼女の肩に額を当てた達彦に驚いて、美登利は言葉を詰まらす。

「殴っても蹴ってもいいから、今夜は一緒にいてくれる?」
「らしくない」
「そうなんだ。おかしいんだ、今日は」
「おかしい?」
 くすりと笑って美登利は彼に体を向ける。
「本当におかしいね、あなたがそんなことを言うなんて」
 心底楽しそうに瞳を輝かせる。獲物を見つけた狐のよう。

「同情してほしいの?」
 優しく優しく悪魔はささやく。
 彼女に救われたいわけではない。悪魔の手管にハマってぬるま湯に漬かって飼い殺しにされるつもりなんてさらさらない。だけど……。
 底光りする瞳の奥の奥の方、見つめていて気がついた。

 捧げるものなど何もない。自分がしなくてはならないのは、捨てること。
 手綱をつけられるつもりもない、主導権は譲らない、そんな矮小でくだらないプライドは捨てて彼女に跪けばいい、降伏すればいい。
 そうすれば手に入る。優しい悪魔が愛してくれる。
 だとしても。達彦はじっと彼女を見据える。

 怒りと嘲りに歪む瞳の奥底にまだ何かある。暴いても曝しても、彼女がまだ隠しているものがある。
 自分ではどうにもならない暗い情熱が彼を支配する。獰猛な渇望が手を震わせる。過ちを繰り返す。
「同情してくれる?」
 引きずり出したい、何もかも。その後でいくらでも平伏して許しを請うから、その闇の正体を見せて。
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