上 下
163 / 324
第二十九話 花と落涙

29-2.気遣い

しおりを挟む
「霊園の人にお骨を入れてもらってお焼香するだけなんだって。気持ちがあるならその日じゃなくても、暇なときにゆっくりお参りに行けばいいよ」
「そうか?」

「それにさ、みんながいたら泣きたくても泣けないから嫌なのかもよ」
「おお。それもそうだな」
「なんだって?」
「俺は気遣いができる男だから行かずにおいてやるよ」
「私は気遣いのできない女だから行ってくる」
 美登利がそんなことを言うから琢磨はにやにや笑いを引っ込めて驚いた。

「苗子先生のお供をしないと」
「相変わらずだなあ」
「苗子先生は村上さんがお気に入りだもの」
「お気に入りね」
 ニヒルな笑いを浮かべる達彦に琢磨は片眉を上げる。慕っている美登利たちとは違い、達彦は城山苗子に心を許していないようだ。琢磨が気づかないだけで実は巽もそうなのかもしれない。ふたりは似通ったところがあったりするから。




 当日は冴え冴えと寒さが身に堪える分、快晴の青空が目に染みる冬空だった。
「初めて来たけどきれいな霊園なのね」
 バラの花を眺めつつ苗子理事長は感心したように言う。
「お母様もさぞ喜ばれているでしょうね」
 骨壺を抱えた達彦は無言で微笑む。

 ラベンダーの茂みに隠れた墓所の蓋を開けて霊園の係員が骨壺を収める。順番に三人が焼香して手を合わせると、儀式はそれで終わりだった。係員がさっさと供物を片づける。
「あっけないのね……」
 ちいさくつぶやいてハンカチを額に翳す苗子理事長を美登利が気遣う。
「お疲れですか?」
「ええ、少し。休憩所に行くわ。達彦さんのことはそっとしておいてあげましょう」

 墓石に向かっている姿をちらりと見て美登利は頷く。
 苗子理事長を休憩所へ連れていってから戻ると、彼は墓石の前に膝をついて固まったままだった。そんな姿は初めて見た。

 ――オーレンカってさ、うちの母親そっくり。

 確かに聡明な女性ではなかったと思う。だけど健気に愛に溢れた人だった。いつだって懸命に息子のことを想っていた。あんなに情の厚い女性は他にはいない。もし存在するなら、そんな人こそが彼にはふさわしい。美登利はそう思う。
しおりを挟む

処理中です...