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第二十四話 夜の女王

24-7.女神の逆鱗

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「未定の部分が多いうちは混乱させたくなかったんだよ。お母さんは先走るときがあるから」
「まあ、そうだね」
「先月、亜紀子さんに山科に行ってもらった。お母さんにはそのときに話したよ」
「じゃあ、知らなかったのは私だけなんだね」

 極上の笑顔に愛らしいと言えるほどの声色。だけど繋いだ手から感じるのは怒り。
 以前だったら気づけなかったかもしれない。彼女の怒りの制裁を受けた後だからこそわかる。美登利は怒っている。
 誠はそっと巽を窺う。気づいているのかいないのか、巽もまた朗らかに話し続ける。

「おまえに話さなかったのは、びっくりしてほしかったからだよ。ほんとは完成披露まで内緒にしたかったのだけど、まだまだ先が長いから先に言っておいたほうがいいって亜紀子さんが」
「……そう。もうじき榊さんが私のおねえさんになるんだね」
「彼女はおまえが大好きだからとても喜んでいるよ」
「…………」

 繋いだ手はぴくりとも動かない。そのことが誠には恐ろしかった。




「あら、それじゃあ肝心なことは話さなかったんですか?」
 夢見心地でカンバスに向かっていた亜紀子は、婚約者の報告に現実に引き戻された。
「駄目じゃないですか」
「だってね」
 広縁の椅子に座ってくつろぎながら巽は彼らしくもなく言い訳をする。
「なんだかあの子が、とても怒っていて」

「怒る? どうしてですか?」
「どうしてだろう。僕なにかしたかなあ」
 不安そうな彼の表情にきゅんとなって亜紀子はそばに近づく。
「心当たりあるんですか?」
「さあ……」
 亜紀子は自分も考えながら彼の柔らかい髪を撫でる。何が女神様の逆鱗に触れたというのだろう。

「それにね、やっぱり話すときには亜紀子さんもいてくれた方が良いと思って。その方が説得力あるんじゃないかな」
「それはそうですね。わかりました」
「うん……」
「早く女神様のご機嫌が直るといいですね」
「うん」

 微笑んで目を閉じる彼の顔をうっとりと亜紀子は眺める。もうじき自分の欲しいものが手に入る。対であるからこそ意味のあるもの。美しく歪なこの世で唯一のもの。
(力を合わせて、ふたりで手に入れましょうね)
 あの大切な、宝物を。
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