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第二十四話 夜の女王

24-6.いけしゃあしゃあと

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 翌朝、内庭の朝顔に水をやっていると誠が捜しに来た。
「今日はどうする? 仁は泳ぎたいって」
「それなら浜にいこうよ。紗綾ちゃんも砂でお城を作りたいって言ってた」
「誰が手伝うんだ?」
「そりゃあ……」

 話していたら、巽も来た。
「今から少し出られる? 行きたいところがあるんだ」
「榊さんは?」
「今日は外に出たくないみたい」
「……」
 大きなじょうろの水が空になるまで、目も上げないまま美登利は沈黙を通した。

 水が尽きてから、美登利は片手を上げて誠の手を握った。
「誠も一緒でいいよね」
 まさかそうくるとは思わなかったから、誠は驚く。
「ついてきてくれるでしょう?」
 にこりと見上げられて誠は巽を見る。
「もちろんいいよ。一緒に行こう」
 妹に劣らず完璧な笑顔で巽は答える。

 淳史の軽自動車を借りて隣の高台の別荘地に向かった。ハイシーズンだというのに人っ子一人いない。
 メインの緩い坂道を進んで、分岐を左に折れる。特に目立つ白い建物の前で巽はクルマを止めた。

 まるで美術館のような四角い建物。窓のシャッターが全部下りているから誘拐犯でも立てこもっているように見える。一見して少し荒れているように見えた。

「実はね、買ったんだ。ここ」
 オープン外構だから門扉のようなものはない。道路沿いに花壇のようなものがあって、ここに樹木を植えることで境界にしていたようだ。今は雑草しか生えていない。
「大々的にリフォームしないと住めないけれど」

「住むって……」
 美登利が黙っているから誠が聞くしかない。
「今のところ決まっているのは僕と亜紀子さん」
「結婚するんですか?」
「うん」

 罪のない笑顔で巽は微笑む。誠は全神経を隣の美登利に集中させていたが、繋いだままの手はピクリともしない。誠の方が身じろぎもできずに目線だけで隣を窺う。

「お父さんとこそこそしてたのはこのことだったんだね」
 淳史から聞いて知っていたくせに、いけしゃあしゃあと朗らかに天使は言う。
「お母さんがずっと気にしてたんだよ。どうして黙ってたの?」
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