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第二十四話 夜の女王

24-1.スケッチ

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 三日後には普通に歩けるようになってやっと浜辺に下りることができた。
「泳ぐのはまだ駄目だよ」
 やんわり巽に諭されて頷く。

 紗綾と一緒に潮だまりを覗くとカニが何種類もいた。
「これってカニ?」
「そうだよ」
「これも、これも?」
 可愛らしく髪を結いあげて帽子を被った紗綾は眉をひそめておそるおそる観察している。
「かわいいでしょ」
「私はあんまり」
 紗綾の審美眼には敵わなかったらしい。パラソルの下で何やら話込んでいる綾小路たちの方へ行ってしまう。

 美登利はしゃがんだまま膝に頬杖をついて向かいを見る。潮だまりの反対側では榊亜紀子が真剣な表情で写生をしていた。
「……」
 言動が奇抜すぎる女性だがこの情熱は素敵だと思う。美登利にはないものだ。兄は彼女のそういうところに惹かれたのだろうか。

 ため息が出そうになって堪えていると紗綾がとぼとぼ戻ってきた。
「難しい話ばっかしてつまんない」
「何やってんだか」
 呆れて美登利が男たちを見たとき、亜紀子が満足げな息を吐いて顔を上げた。

「見てもいい?」
 可愛らしく紗綾が訊くと歓喜してスケッチブックをこちらに寄越す。
 紗綾が大きな瞳を更に丸くする。
「すごい」
 美登利も横から覗き込む。潮だまりの生物が細かくスケッチされていた。まるで図鑑の挿絵のようだ。
「すごい」
 美登利も感心して目を輝かせる。

「上手、なんて言ったら失礼かしら?」
「スケッチは絵描きの基本ですから」
 亜紀子は当然のように笑ったが褒められて嬉しそうだ。
「こういう宇宙生物みたいなのって普段描かないフォルムだから楽しい」
「ナマコなんかも岩の裏側にいたりするんですよ」
「え、どれどれ」

 海水に手を入れて美登利がよいしょと岩をひっくり返すと、アカナマコがうじゃうじゃ引っついていた。
 紗綾が小さく悲鳴をあげて走って行ってしまう。途中で転びそうになってハッとしたが、うまく綾小路が抱き留めた。遠目に睨まれて美登利は肩をすくめた。
「お嬢様には刺激が強かったみたい」

 亜紀子がまた不穏な目になって美登利を見る。
「あのう、みどちゃん。ぜひお願いが」
「……」
「背中を見せてほしいなーなんて」
「……」
「こう、思いっきり」
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