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第二十三話 接触

23-1.世の中のため

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 翡翠荘で錦小路紗綾嬢と対面したときの榊亜紀子の反応は、それはもう凄まじかった。
「お、お人形さん……お人形さんじゃないですか、あなた。も、模写を……今すぐ模写を……」
 呻いてスケッチブックを引き寄せる様を見て、紗綾はびっくりして中川美登利の腰にしがみつく。その光景がまた亜紀子を悶えさせる。
「女神さまの愛玩具ですね! いいです、いいです! そのままスケッチを……」

「ねえ、亜紀子さん。着いたばかりなんだし少し落ち着こうか。時間はたくさんあるんだから」
 見かねて中川巽が恋人を宥める。ぜいぜいと肩で息をしながら亜紀子は目を血走らせたまま頷いて、どうにかこうにかスケッチブックを収めた。

 えーと、と頤をかきながら淳史が遠慮がちに口を開く。
「部屋はどうしますか? 貸し切りだし好きに使ってもらって良いけど」
「私は美登利と一緒! 美登利と一緒じゃなきゃ嫌!」
 完全に怯えてしまったらしい紗綾は美登利から離れようとしない。美登利が窺うと綾小路高次は片眉を上げて頷いた。
「じゃあ、紗綾ちゃんは私と奥のお部屋に行きましょう」
 早く落ち着かせてあげたくて美登利は紗綾を連れて歩き出す。

「なんなの、あの人」
 肩で息をついて紗綾は口を尖らせる。
「ちょっと変わってるんだよ。じろじろ見られるだけで触られたりはしないから。見られるのなんか慣れっこでしょう」
 窓を開けながら美登利が取りなしたが、紗綾はぞわりと肩を震わせそんな自分を抱きしめる。
「そ、そうかしら……。すごい悪寒がしたんだけど」

 苦笑いして美登利は衣類の収納を始める。その姿を眺めながら紗綾はててっとそばに近づいた。
「美登利も美登利よ。なあに、その髪は。見るたび短くなってくじゃない」
「だってらくちんなんだもの」
「女は楽を取ったらダメなのよ!」
 鞭のようにぴしゃりと言われ、びくりと美登利は正座する。

「いくら何もしなくても綺麗でも努力を忘れたらダメ。美しい人はより美しく! それが世の中のためになるのよ」
「えーと、よくわからないのだけど」
「いいからこれを着て頂戴」
 レースの裾のワンピースを取り出して紗綾は厳しく言う。涙目になりながら美登利はふるふると首を振った。
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