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第二十一話 風雲

21-6.先着順でもあるまいし

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「うん。どうもありがとう」
 ごみも持っていってくれる今日子にお礼を言って、美登利は軽く目を閉じる。歌が終わって子どもたちの笑い声が聞こえてくる。

 子どもの頃は簡単だった。順番を付けるのは簡単で優先順位に迷うことなんてなかった。いちばん好きなのはお兄ちゃん、言うまでもない。次が誠ちゃん、やさしいから大好き。

「……まとわりつかないでって言ったよね」
「目立たなきゃいいんだろ」
 いつのまにかベンチの脇に芦川がいた。気配を隠すのが上手い。兄や一ノ瀬誠のように完璧ではないが。

「迷惑はかけないからさ、少し話すくらいいいだろ?」
「……」
「そんでそのうちエッチさせてくれたら嬉しいんだけど」
「いいよ」
「マジで?」
 がばっと芦川はベンチの脇にしゃがみこんで美登利の横顔を見上げる。

「死ぬ覚悟があるならね」
「は?」
 掬い上げてから落とされて、芦川は不満そうに口を尖らせる。
「何それ? 死ぬほど気持ちイイなら許せるけど、そうじゃないなら割に合わないよね」
「それもそうだね」
 美登利も真顔になって考える。死んでもいいくらいに気持ちのいいこと、それはきっと。

「死ぬほど好きな相手とならってことだよね」
「君のこと死ぬほど好きになったらさせてくれるの?」
「私もあなたを死ぬほど好きになったらね」
「へえ……」
 自信ありげに唇を曲げる芦川に美登利は大いに呆れる。
「死んでもそれはないから」

「なんでさ?」
「もういっぱいいっぱいなんだよ。キャパオーバー」
「なんだよ、先着順でもあるまいし。恋愛なんてデリートと新規登録の繰り返しだろ」
「ドライなんだね」
「普通だよ」
「心はそんなに簡単じゃない」
 思い出は、そんなに簡単に消したりできない。

「またあなたですか!」
「やべ」
 目を吊り上げて今日子がやって来るのを見て芦川が逃げ出す。
「またね。美登利ちゃん」
「懲りない人ですね! これだから男という生き物は」

 ほんとにね。薄く微笑んで美登利は空を見上げる。低い雲が地上の影を映して黒く広がっている。
「予報通り、今夜は催涙雨ですかね」
「そうだねえ」
 風が強くなってきていた。
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