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第二十一話 風雲

21-2.「ケンカしないとさ!」

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 思いきり肘鉄を食らわせて今日子は男の腕をくぐり抜けた。
 鳩尾を狙ったつもりだったのに芦川は崩れない。
「うわあ、女の子にこんなことされたの初めてだよ。すげえ新鮮」
 にこにこ笑いながら、その目は鈍く光っている。いつもの飄々とした雰囲気の中に剣呑さが滲み出ている。

 今日子は身構えながら後退りしていく。視線は決して相手の目から離さない。
「美登利さんはこんなものじゃありませんよ。手籠めにできると思ったら大間違いです」
「手籠め? はは、おっもしろいこと言うなあ、手籠めか」
 腹を抱えて笑っていたと思ったら、すうっと笑みを引っ込めた。
「いいな、それ。やってみたいな」

 あっという間に距離を詰められた。早い。伸びた手を手刀で払い、逆に捻り上げてやろうとしたがかわされた。
 後退してもすぐに捕まるだろう。なんとか足払いできれば。

 今日子の額に汗が浮かぶ。こんな奴に苦戦するなんて。相手は本気を出していないことは一目瞭然なのに。悔しくて涙が滲みそうになる。
 すると、芦川がピタっと動きを止めた。

「俺のトモダチに何しちゃってるのかなー」
 ズボンのポケットに両手の親指をかけた格好で、宮前仁がこっちを見ていた。唇を曲げて笑みを浮かべ、視線で芦川を牽制しながら今日子に呼びかける。
「坂野女史。こっち」
「はい」
 言われた通り今日子は素早く後退る。

「なに? この子のカレシ?」
「トモダチっつったろうが、タコ」
「ふうん、じゃあ美登利ちゃんの方のカレ?」
「ばっか、テメエ。なんてこと言いやがる」
 宮前は目を剥いて肩を怒らせる。

 ラフな立ち姿なのに隙のない宮前をじろじろ観察しながら芦川が更に言う。
「あんたカタギじゃないだろ?」
「いいや。今じゃ大人しく大学生やってるよ。テメエも同じクチだろ」
 宮前の肩越しに芦川を見ていた今日子は、彼がそれとわからないくらいに軽く唇を歪めたのに気がついた。

「あーあ、せっかく我慢できてたのに。むかむかするのをエッチで抑えてなんとかさ。でもやっぱ、つまんないんだよね。ケンカしないとさ!」
 スピードを活かし敢えて大きく振りかぶって宮前に殴りかかろうとした芦川を止めたのは、中川美登利の声だった。
「やめなよ、芦川さん」
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