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第十八話 心の欠片

18-5.「私に報告するようなこと?」

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「じゃあやっぱり、あの男が放火犯だったんだ」
「駅前の方で悪さができなくなって、こっちには俺がいて、フラストレーション溜まっておかしくなったんだとよ」
「それ以前に犯罪者なんだからおかしな人だよね」
 言いつつ思う。おかしな人間は罪を犯す。わからないから。良いも悪いも関係なく、己の欲望のままに罪を犯す。

 ぞわりとまたあの感触を感じて美登利は怖くなる。どうしたんだろう、自分は。心をまるで隠せなくなったり、瞬発力がなくなったりと劣化を感じる。どうしてしまったんだろう。

 ドアベルが鳴ったので座っていたカウンター席から立ち上がる。
「いらっしゃいませ」
 入ってきた客が小暮綾香だとわかったが最後まで言い切ることができた。
「お久しぶりです」
「ほんとだね。何にする?」
「ご自慢のコーヒーで」
 無表情にオーダーして綾香は目の前のカウンター席に座る。

「聞いてはいたけど、ほんとに男の子みたいですね」
「ああ、これ? やってみたららくちんでさ」
 美登利は笑って綾香を見る。
「小暮さんは綺麗になったね。見るからに女子大生」
「嫌味ですか」
 ぼそっと綾香は吐き捨てる。相変わらずな様子に美登利は眉を上げる。

 差し出したコーヒーを一口飲んで綾香は唐突に言った。
「わたし、彼と付き合ってます」
「そう」
 覚悟はしていたから動揺はしない。
「よかったね」
「セックスもしてます」
 はは、と笑いがもれた。
「それ、私に報告するようなこと?」

「わたしのものです」
「わかったよ」
 ため息をつきながら美登利は彼女を見る。
「心配しなくても、私はもう池崎くんとは会わないよ」
 首を傾げて綾香に尋ねる。
「彼もそう言ってるでしょ。ここにはもう二度と来ないって」
「……」
 小銭をカウンターに置いて、綾香は無言で頭を下げた。そのままプイッと出ていく。

 美登利は自分の手が震えているのに気づいた。それを見つめていると、胸の中にまたあのもやがせり出てくるのを感じる。
「大丈夫か?」
 音もなく引っ込んでいた琢磨が静かに尋ねてくる。
「不思議だね。胸がすごく痛いのに涙が出ないや。お兄ちゃんのことで一生分出し尽くしちゃったのかな」
「泣くのだけが悲しいときの行動なわけじゃねえんだよ」
 うっそりと琢磨は唇を歪める。
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