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第十七話 天使の偶像

17-5.想い出

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 探るというよりも確認するような眼差しに、気づいているのだと思った。彼は美登利の変化に気づいている。
 だが巽の側のそれを知っているわけではないはずだ。すべてに気づいたわけではない。
 ただ自分の変化を不可解に、あるいはいつもの移り気だと思っているだけのはずだ。

 美登利は息を呑んで彼に言った。
「誰にも言わないで」
 はぐらかされたと思ったのか、達彦は不愉快そうに眼を細める。
「いいよ。キスさせてくれたら」

 どうしよう。動揺のあまり頭が回らない。答えがはじき出せない。こんなことは初めてだ。何をすべきかわからない。どんな現実にぶつかっても体だけは動いてくれていたのに。

 為すすべもなく凍りついている彼女を放して達彦は鼻で笑った。
「冗談だよ。なんだその顔」
 窓の下から先に外へと行ってしまう。美登利は自分が涙目になっていたことに気づく。
 すうっと呼吸を整えてから自分も外に戻った。




 少年の兄は、自分の物だけ取り出して缶を元の穴の中に戻し終えていた。他にもこうして取りに来る人がいるかもしれないからと。
 土地の持ち主のおじいさんにお礼と報告をしてから皆で商店街へと戻った。

「僕がどうしてこれを取りに来たかったか聞かないんですか?」
 少年の兄に不思議そうに言われて美登利は首を横に振った。
「だって、プライベートなことでしょ」
 彼はくすりと笑ってかさかさになった茶封筒の中から、おもちゃのビーズをつなげた小さなわっかを取り出した。
「これを、くれた人に返そうと思って」

 兄の寂しそうな微笑みに少年はびっくりした顔でビーズの指輪を見つめている。
(兄弟そろってロマンチストなんだね)
 思って美登利は少年の頭を撫でた。

 兄弟と別れた後、達彦がため息交じりに吐き出した。
「世の中、妙なことにこだわる奴がいるもんだ。あんな指輪を返すことになんの意味がある?」
「真面目なんだよ」
「青いだけだ」
「村上さんにはなかったの? 幼少のみぎりのそういう想い出」
「そんな子どもの頃のことなんざ覚えてないよ」

 何もいいことなんかなかったとでもいう口振り。表情を動かさないようにしていたら、馬鹿にするように笑われた。
「想い出とやらで窮屈になるよりいいさ」
「ヒドイ言い方」
 もうすぐそこにロータスが見えている。今日だけは特別だと思って、わずかな距離を手をつないで歩いた。
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