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第十七話 天使の偶像

17-2.最後には

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 煙草も買ってくるよう言われていたから商店街の入り口まで出て角のタバコ屋のおばあちゃんと話していると、ウォークラリーの参加者が寄ってきた。
「おねえさん」
 あの少年だ。
「今年も出てるの?」
「うん。今度は純粋にゲームを楽しんでるよ」
「それはそれは」

「これ、ボクのお兄ちゃん」
「はじめまして。弟がお世話になってるみたいで」
「これはこれは……」
 高校一年生。クールな弟くんと違って優し気な雰囲気だ。
「おねえさんにお願いがあるんだけど、後でお店に行ってもいい?」

 昼時を少しすぎたころ、少年とお兄さんも一緒にやって来た。
「頼みがあるのは僕なんです」
 静かに兄の方が言う。
「おねえさん、天使幼稚園て知ってる?」
「いいえ。どこにあるの?」
「すぐそこだよ。ついてきてもらっていい?」
「どれどれ」
 連れ立って出かけようとしているところへ村上達彦が来た。
「どこ行くの」
「ちょっと」

 道案内されながらついて行ってみると、住宅街に埋もれるようにしてその幼稚園があった。あったはいいが、
「ほとんど廃屋だね」
「閉園して十年近く経ってると思う」

 白いフェンスに囲まれた敷地はそれほど広くない。
 田舎の分校を思わせるような素朴な造りのこじんまりした園舎が北側に長細く建っていて、南側には心ばかりの園庭が広がっている。滑り台にもブランコの支柱にもツルが巻きつき、四方八方に背の高い雑草がはびこって荒れた印象だ。
 園舎の手前には園名の通り白い天使の像が台座の上に立っていた。

「お兄さんが通ってたの?」
 鎖を巻きつけ施錠された門扉の外から窺い見ながら美登利は尋ねる。
「そうなんです」
「ここになんの御用で?」
「タイムカプセルを取りに入りたいんです。たぶん天使の台座の近くに埋めたと思う」

「そんなのすぐそこだし、こっそり入ってちゃちゃっと掘り出してしまえばよいのでは」
「言うと思ったよ」
 少年がふうっと息をついて兄をつっつく。
「ね、おねえさんてこういう人なんだ」
「何か問題?」

「おねえさん、それは不法侵入っていう立派な犯罪じゃないの。お兄ちゃんは真面目なんだ。そんなことできないよ」
「融通きかないんだね」
「最後には真面目で実直な人が勝つんだよ」
「なるほど」
 腕組みして美登利は改めて辺りを見渡す。
「持ち主の許可を取って合法的に入りたいと」
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