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第十六話 自覚と慢心

16-7.自覚

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 翌日は薄曇りで天気はいまいちだったが、帰る前に浜辺に出てみた。
 磯の潮だまりを覗き込むと小さなカニやヤドカリがうろうろしている。やがて美登利が手を挙げた。
「あめふらし発見。突っついていいですか?」
 アメフラシを見つけると、美登利はそれをやらねば気がすまない。

 人差し指で彼女が背中を突くと、危険を感じたアメフラシの体からもやもやと紫色の液体が広がる。雲がわいたように水面が紫のもやに包まれる。

「いじめてごめんね」
 美登利はやさしくささやいて誠の顔を見た。
「……帰るか」
「そうだね」
「おまえは助手席だぞ」
「はいはい」




 いつものように彼を胸に抱いてうとうとしながら美登利は思い出していた。先日の情事で琢磨に溺れるほどの快楽を教えられた。正直もう怖かった。
 けれどそれとこれとは別だとでもいうのか、幼馴染とのそれもまた心地よく特別なもので、彼女は自分の体を不思議に思う。
 正人とのときは快楽なんて二の次だった。ただ彼とつながれたことが嬉しくて幸せだった。

 からだとこころは別々で、心は尚更ひとつところにとどっまってはくれない。正反対の感情が同時に湧き起こることだってある。
 だけど体だけは正直に感じたままに動いてくれると思っていたのに、その体さえ同じ反応を示すわけじゃない。

 彼女は少なからず混乱する。
 体が心に引き寄せられることがある。心が体に引っ張られることもある。それならどちらを信じればいいのか。そもそもすべてが合致しない自分がやっぱりおかしいのか。

 みんなが自分を責める。移り気を非難する。そういう男たちの方こそ、ころころ言動を変えて自分を混乱させるくせに、まるで気づく様子もなく要求だけはしっかりしてくる。ときどきそれが堪らなく……。

「……っ」
 ぞろりと何かが琴線に触れて彼女はびくっと体を震わせた。
「寒い?」
 誠が頭を上げて掛け布団を引き上げる。今度は自分が彼の胸にしがみつきながら彼女は気づかれないようにごくりと息を呑んだ。

 昼間見たアメフラシの紫色のもやが目蓋の裏に浮かんでくる。あんなふうにじわじわと滲み出てくる何かを感じる。自分の胸の奥底から。

 自覚した瞬間。それがなんなのかまでは、彼女にはまだわからなかった。
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